ショートショート

著 : 中村 一朗

ヒキガエル兄弟


 セミの声がやかましい森の中。

 木漏れ日の指す下草の陰から、二匹のヒキガエルが大きな木を見上げていました。

「兄貴。あいつら、本当に食えるのかい?」と、ヒキガエルのゲロ坊が聞きました。

「バーカ、あたボーよ。セミは、鳴き疲れると木から落ちるんだよ」

 答えたのは、兄貴蛙のビン吉。

 彼らの視線の先には、三匹のアブラゼミ。

「あんまり美味そうに見えないね」

「バーカ。美味いんだよ。だから、あのカマキリだって狙ってるだろ」

 えっ!?と、驚いたゲロ坊。

 木の反対側に目を向けました。見ると、横枝の下にカマキリが隠れています。

「すごい。運がよければ、カマキリも食べようね」

 ゲロ坊は嬉しそうに涎を垂らしました。

「そうだぜ。ご馳走の木だ。一石二鳥ってヤツよ」

「でも、さ。カマキリがセミを一匹食べたら、他のは逃げちゃうんじゃない?」

 今度はビン吉が、びっくり顔でゲロ坊を見ました。直ぐに藪の下から這い出て。

「こら、カマ公!ジャマするな!おまえも、食っちまうぞ!」と叫びました。

 木の上のカマキリは、驚いて飛び上がりました。つられてセミたちも、慌てて逃げました。呆然とする二匹のカエルたちの上に、冷たい飛沫が降り注ぎます。

「汚いなあ、セミのオシッコだ」

「バーカ。フン、どうせ一緒に食っちまうつもりだったさ」

「これが本当の、“蝉時雨”」

 ビン吉は、前足でゲロ坊の頭をポカリとやっつけました。

「バーカ。これが本当の、“カエルの面にしょんべん”ってヤツよ」

 二匹はため息をつきながら、次の食事を探しに歩き出しました。



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