ショートショート

著 : 中村 一朗

空へ


 高く、高く!

 もっと、高く!


 聳え立つ崖に沿って、上昇気流に乗って、どこまでも高く。

 灰色の岩棚が通り過ぎ、雪を纏う剣のような頂を視界の片隅で捉える。

 そこを越えると、遥か高みに広がる蒼穹の天界。

 青から、蒼へ。そして、藍へ。

 高く上り詰めていくほどに色濃くなる天空の伽藍。

 真っ白い雲を突き抜けて、さらにこの世界の果てへと。


 今はただひたすらに、限りなく高く突き進むこと。

 それが僕の、今の使命だ。

 翼は動かない。凍りついて動かないのだと思う。

 それでももう少しだけ、高みに向かうことが出来る。

 あらゆる生き物を拒否する、圧倒的な冷気。

 その冷たさに、僕の心を飲み込んでいる憎悪が呼応する。

 胸の奥底からこみ上げてくる、真っ黒い炎のような激情。


 やがて僕は力尽き、一瞬の水平飛行の後に急角度で落下していく。

 ゆっくりと確実に、重力によって僕の身体は加速されていく。

 切り裂く大気は、冷気から熱気へと。

 再び僕の意思に呼応するように、激しく!

 灰色の分厚い雲を貫くと、地上が垣間見えた。

 その天地との狭間に、“敵”がいた。

 そいつは、銀色の翼を広げた巨大な鷹。

 僕の親や兄弟を、多くの仲間たちを食い殺した凶暴な怪物だ。

 奴は地上の獲物を求めて、悠然と浮遊するように飛んでいる。

 僕の全身が、カッと血が燃え上がる。

 唯一、最後のチャンス。

 渦巻くような憎悪が、あいつの背中の一点に向かって凝集していく。

 激しく震える身体を必死で制御しながら、僕はその渦に従って軌道を定めた。

 切り裂く大気の圧力が、これ以上の加速を妨げる。

 やはり翼は凍りついたように動かない。

 でも、これで十分。

 この速度でも、連続する大気中の気団は何とか補足できる。

 狙いを微調し続けられれば、この気団の群れをすり抜けることは出来るはずだ。

 一瞬とも永遠とも思える瞬間。

 過去から今に至るまでの時間が、ひとつに圧縮されたような。

 あらゆる記憶が今に向かって押し寄せたとき、怪物はようやくこの異変に振り返った。

 奴の双眸にパッと灯ったのは、驚愕とも恐怖とも判ずることのできる光。

 そして猛烈な衝撃と激突音とともに、僕は、その最後の光景にほくそ笑む…


* * *


「攻撃対象の消滅、確認。実験成功です。それにしても、凄いものですね。ど真ん中を撃ち抜いています。まさか“弓矢”で最新鋭の戦闘機を射落とすとは」

「“弓矢”とは失礼な。実物は、大型のリニアカタパルトで撃ち出される全長2メートルの鋼鉄の“スパイク”だ。地上2万メートルの高さまで射出されるハイテクの化け物だぞ」

「要は、“スパイク”の本体に組み込んだ軌道補正用バイオチップです。C.M.R.N.(複合性超磁力放射ノズル)と組み合わせて、目に見えない磁力線の“翼”を操らせます。またチップにも擬似的な記憶、ある意味ではシナリオをプログラム化して組み込むことで、任務遂行の強い目的意識を“スパイク”自体に与えてみたのですが…」

「ロボットだとでも言いたいのか?それとも、心を持つ弓矢だと」

「まさか、そこまでは。…ある意味、ロボットといえば、そうかもしれませんね」

「今度は猛禽類のシナプスを使ったそうだな」

「3Dセンサーとの相性の都合で。高高度から獲物を狙う猛禽類の識別能力を応用できないかと思いまして。“ヒト”と“ハヤブサ”のハイブリット・ニューロ回路です。無論、メモリーダストを除去して。まあ、鶏肉は牛や豚よりも安上がりってことですからね」

「ミサイルに比べたら、圧倒的なコストダウンになる。加えて、“スパイク”本体には推進能力がないから、現在の感熱型迎撃システムでは対応できない。だが、フィードバックモニターのランダムノイズが気になるな。まるで、生体の脳波パターンだ…」



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