吸血鬼

著 : 秋山 恵

追跡



 血が滴り落ちた。

 夜のアスファルトに落ちる赤い体液には、遠く離れたところにある街灯の光さえ届かない。

 眼鏡をした若い男が、伸びきった犬歯に付いた血を拭った。頭に血が充満しているような気分になっているようだ。

 男は、抱えていた女を投げ棄てるように放り出す。女は道路わきの植木に向かって頭から倒れこみ、力無く呻いて動かなくなった。

 まだ息はある。

 女の首の根元には噛まれた後が残っていたが、次第に閉じて小さくなってゆき、最後には虫刺され程度になっていった。こうなると、酔って倒れただけのような状態にしか見えない。

 男は今の現状に大いに満足した。男は、新しい欲求と、それを満たす力を手に入れたのだ。

 力が身体全体にみなぎる。

 視界は別の次元を映したかのごとく美しく見えた。

 反射神経や、今まで感じた事もないような細かな動きが、全身の神経から入力されてくる。

 笑いが止まらなかった。

 男は、倒れて冷たくなりつつある女を一瞥し、闇に消えた。



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