平行世界のOntologia

著 : 柊 純

Act02:動乱の兆し


 夜、鈴の音が鳴るように、夜虫が羽の音を四方に散りばめている。

 世間では真冬で雪も積もっているが、この世界では初秋となっていた。

 透き通った星空に響き渡る虫の音は、コンピュータが作り出すランダムな発生音であり、タイミングはバラバラにも感じられる。

 だが、やはりランダムでもコンピュータのやることには規則性があるのか、聞く人が聞けばメロディーのようにも感じるそうだ。

 ミシェルの音感もそれを察知するらしく、夜は歌を歌いたくなるらしい。

 行動中はそういうことも出来ないから、仲間がログオフはする頃になると歌い始めた。

 現実世界で音痴だと、この世界でも音痴なものだ。

 が、逆に歌唱力が高いと、この世界でも上手に歌える。まるで本物の歌手が歌っているようで、タクヤはいつもそれに聞き入っていた。これを表現するゲームのエンジンは、途方もなく複雑なものであろう。

 ミシェルは、歌唱力に加えて声が美しい。

 自分の声ではないだろうと思われた。

 声は課金すれば変えられる。大勢の声優の声を解析して作られた多数のボイスプラグは、安くても一つ四~五万円はする。一度購入すれば関連サービス全てで使えるが、金額的には高い。

 ミシェルは、そのボイスプラグを使っているだろう。

 最近出演が全くなくなった声優のもので、歌唱力の高さから"歌姫"と呼ばれた程だった。

 ネット上では事故死したと噂が流れている。中には、救急車で病院に運び込まれたのを見たという情報があり、場所も特定されていた。

 しかし、その後消息を絶っている。事務所からの公式回答は“引退"であったが、既に飛び回っている情報から懐疑的な声が多かった。

 その時のタクヤの落胆は大きかった。暫く呆けたようにポカーンとして、日課の狩りに出ることすらなくなったくらいである。

 それ程にファンであったから、ミシェルの歌に出会った時には、何か特別な人に出会えたのではないかとすら感じていた。

 心が落ち着く。独特のアクセントまで真似ているから、本人のライブでも聴いているようでもある。

「うちらの特権よね。こんな美声で、毎晩子守唄聴けるなんてさ」

 いつの間にかやってきたセシリーが、タクヤの隣にちょこんと座る。

 課金アイテムの、ブランドものの香水の香りが漂ってきた。

 戦いに出る時は位置情報を取得されるリスクが上がるので、あまり付けることはないが、安全圏内でのんびり過ごす時には必ず付けている。

 今日はもう、どこにも出かけるつもりはないのだろう。匂いは入浴かログオフを実行しないと取る事は出来ない。

 五十メートル程離れた先の岩の上に登って、感情の篭った歌声を響かせるミシェル。その背中が、タクヤに取っては美術品のような手の触れられない崇高なものに感じさせる。

 隣に座るセシリーに感じる女性が持つ女らしさのようなものとは違う、何かもっと高みにあるものに思えていた。

 セシリーがタクヤの肩に頭をもたせ掛けてきたが、視線の先に立つミシェルに意識を集中していたから、特に何も反応もしなかった。

「なんかさー、昔はもっとこう、相手にしてくれたよね。タクヤ、友達としては凄く近いけど、なんか、どこまでも友達だよね」

 パッと頭を持ち上げたセシリーの言葉に、胡坐をかいていたタクヤは、

「付き合いも長いし、そんな風にしなくなってくるのも当然じゃないか?」

 少し苦い顔をしているのを見て、セシリーはその表情の裏を勝手な想像で纏めることにした。

 自分の気持ちはオープンにしてる方だと思う。でも、結果的に何も進展する様子もないし、開きも縮まりもしない距離感がそこにある。

 もっと相手にしてくれていた時期に「付き合ってよ!」と叫んでいれば、タクヤも受け入れたんじゃないかと、今更ながら後悔もあった。

「あ、でもなぁ、脳筋はともかく、女性としては魅力的だよ」

 とは言うものの、顔を向けて話そうとはしてくれない。

「良いもん。もっと良い人見付けてやるから・・・」

 殆ど聞こえないような小さな、それこそ虫の音に混じったSEのように呟いた。

 タクヤの耳はミシェルの歌声に傾いているから、そんな小さな呟きは聞こえていなかったろう。返事もせずにただ正面の、この世界の歌姫に向けて座っていた。

『セシリー、分かったよ。カルロス達の行き先』

 直接頭の中に響くカヤの声が、気分を打ち壊す。

 数時間に渡って追跡をしたらしい。リストを見るとかなり遠くに居る。

 なぜそれほど遠くまで出向いたのかは、次の言葉ですぐに解決した。

『東方の大ギルドで"青竜"って知ってるよね?あそこの幹部と話をしてるみたい。千里眼で遠くから見てるけど、脳内で喋ってるみたいで唇が読めないの。何を話してるか分からないけど、円満な雰囲気はあるみたい』

『組まれたら面倒ね。うちみたいな弱小ギルドなんてすぐ潰されちゃうよ』

 セシリーはヒザを抱えて座りなおした。

 顔をヒザに押し付けている。表情が直接出る設定を切り忘れたので、顔を隠していた。

 タクヤにあまり見られたくないのだろう。ぎゅぅとヒザを強く抱えた。

 仮想世界なので、心臓が締め付けられるような感覚があるわけでもなく、鼓動が早くなるのを感じるわけでもない。その代わりに、気持ちがその一点に集中していくのが感じられた。

 深くどこまでも先のある穴の中にでも落ちていくような状態に似ているだろうか。依存しているような何かに近い気がする。

『うちも、どこか大きいところとくっ付いて良いと思う。南の"朱雀"とかは元々小さなギルドの集まりだったみたいだし、合流するのは難しくないと思うよ。でも、セシリーからしてみれば、ハイロウ・・・、"AngelHalo"は魂そのものだろうから・・・、多分ね、セシリーがどんな決定をしたとしても、ハイロウのメンバー二十三人は全員付いてくと思うよ』

『私にはそんなカリスマはありません・・・』

『元気ないね。またタクヤのこと?別に彼女居るわけでもないんだし、コクっちゃえば良いのに。きっと受け入れてくれるよ。高校からの付き合いだからそんな気分にならない!なんて、絶対ないと思うもん。セシリーの中の人は、いつも自信なくて切なくなるわ・・・』

 ヒザが少し濡れていた。

 こんな細部のこだわりなんて要らないのに、そう悔しくなっていた。

 実際に中身同士を知っているからこその気持ちがあった。長い間見てきて、少しずつその人柄に惹かれていった。

 高校の時はただの男友達で、当時は別の恋をしていたが、卒業してかなり経って再会してから蓋が開いたような感じだろうか。

 イザヴェルにきたのも、タクヤがβテストから参加してからのことだ。

 身振り手振りでその魅力を展開したからだったし、タクヤが引退すればセシリーも引退するだろう。

 ミシェルの歌声がBGMになって、感情にスパイスを降られている気分になった。

 天空高くキラキラと輝く星を見上げると、自分自身もその星屑の中の一つになっているような気分になる。

 ふわりと撫でる風は、昼間のフィールド上で感じるそれとは違う。

 冷たくセシリーの体を包んでいった。

 あぁ、私はいつまでも失恋を認められないんだ。その時、初めてそう感じた。

 周りがどう思っているかなんてどうでも良かった。ただ、自分自身の気持ちには、そんな決着に似たものが付いていた。

『で、セシリー?もし"青竜"が相手になったとしたら、どうする?町を引き払う?うちらにとっては出発点みたいなものだけど、チームの維持が難しくなるならそうするしかないし』

 自分達の切り開いた町である。

 途中、色々な人達の手が加わったとしても、やはり自分達の故郷である。

 プレイヤーの居なかった閑散としていたあの頃。無機質な、どこか生活感の足りなかったあの頃。

 何もない町外れに土地を購入して、この近隣の鉱山で採取出来るレアメタルを、シコシコとインゴット化し続けたあの日々。

 採掘担当と護衛担当、入れ替わりながらひたすら掘り続けた日のことを思い返す。

 ある日、鍛冶職人のレンファが発見した合金のレシピが、実装されてから誰にも知られなかった特別なもので、そのレシピを入手するために世界各地からプレイヤーが、まるで聖地を巡礼するかの如き集まりかたをしたりした。

 何人かの仲間が金策に使おうと提案したが、レンファはそれを無償公開した。

 これによって、一部の職人系プレイヤーから称賛を浴び、ギルド自体の発展に寄与する結果になる。

 その時のテンションの上がりかたや一体感は、いつまでも忘れられない。そんなたくさんの思い出が詰まった場所を、捨てざるを得ないかもしれないとは。

 そんな事実がしこりになって心中に影を落としていく。

『合流以外に、同盟とか方法はあるよね。彼等に動きがあったら教えてくれる?無理に今の状況変える必要もないだろうし・・・』

『はいはい。このまま監視しとくね』

 一呼吸を置き、

『落ち込んでるみたい。"セシリーらしく"ないよ』

 小学校からの付き合いがあるカヤは、声のトーンだけで心理状態を把握するのだろうか。

 いつもそばに居た親友の些細な心遣いにジワリときて、顔をまたヒザに付けた。勢いがあり、額とヒザのぶつかる音がすると、タクヤの顔がセシリーの方を向いた。

「どうした?」

 少しは様子が変だと思ったのか、優しげな声を掛けた。その横で、ヒザを抱えたセシリーが体を小さく前後させた。

「・・・バカ」

 また、虫の音に混ざる程度の小さな声で返した。


 現実世界では土曜の明け方だろうか。仮想世界にいると時間の感覚がおかしくなっていく。

 昼も夜もこの仮想世界に慣れてしまい、現実世界より早い一日が当たり前になってしまうと、現実世界でも数日経ってしまっているように感じてしまう。

 何の権威もないテレビのコメンテーターがその危険性について持論を語り、イザヴェルの人口は半分近く減ってしまった。

 科学的根拠がなくても、人々はそれを信じてしまう。

 それは現代の呪いなのだろう。

 ステータス画面の右上にある現実時間の時計を見て、カヤは欠伸をした。

 もうすぐ午前三時を回るだろう。セシリーのことが気にかかる。

 リスト上ではまだログオフしていないから、どこかで落ち込んで、一人で貝のようになっているに違いない。

 リスト上にはまだタクヤの名前も載っている。

 金曜の夜でも、基本早く寝るタクヤがこの時間に起きているということは、もしかするとセシリーと一緒なのかもしれない。

 カヤはこっそりタクヤへ話しかけることにした。

『タクヤ珍しいね、こんな時間までログインしてるなんて』

 返事が返って来ない。寝ているのだろうか。

 仮想世界でも寝落ちは出来る。

 肉体の疲労は溜まらないが、脳の疲労は蓄積されていく。

 なので、この世界でも睡眠を取ることは出来るようになっている。ただし、寝ながらにして殺されることもあるので、安全圏外での寝落ちはリスクが高い。

 特にソロで行動している場合には危険を伴うもので・・・

『タクヤ、寝てるの!?』

 カヤは大声で話し掛けた。と、ため息と共に返事が返ってくる。

 不貞腐れた子供のような喋り方に、二人が一緒ではないことをすぐに察することが出来た。

『・・・セシリーに急にぶん殴られて、バカ死ね言われたんだよ。なんなんだよアイツ。今日は可愛くしてんなーと思ったら急に怒り出すし、何か不安定なんじゃねーの?熱でもあるのか?』

 腹に据えかねているのか、タクヤの珍しい苛々が、真夏の直射日光下の汗のように滲み出てきているのを感じる。

 普段は温厚で優しいタクヤが、こんな風に分かりやすく感情を見せる相手は少ないだろう。

『熱はあるかもね~』

 と言って、カヤは肩を揺らしてクスクスと笑う。


 カヤとセシリーは小学校以来の付き合いで、タクヤは高校からの付き合い。これより古い付き合いのゲーム仲間はいない。

 はじまりは、高校の文化祭の裏方をしていた時だった。

 暇をもて余したゲーマー三人が並んで協力プレイしていたのだが、あまりにも相性が良く、意気投合した。

 以後の新作は常に一緒に攻略するようになり、今現在にまで続く。

 純粋な削り思考でヘイトを稼ぐセシリー。

 部位破壊の得意なタクヤ。

 遠隔援護のカヤ。

 一般的なものでクリア出来ないものはなかった。

 高校を卒業し、大学、短大、専門学校とバラけた三人は、会う時間も減っていき、社会に出る頃には連絡のやり取りすら無くなっていった。

 二十五歳の春。カヤの元に、タクヤからのメールが届いた。

 セシリーはアドレスが変更されていて届かない旨と、新しくβテストがはじまるオンラインゲームへの誘いである。

 カヤもセシリーのアドレスが変更されていることは知らなかった。

 自宅の場所は知っていたので、休みの日を待って向かうことにした。

 桜も散り、青く葉を付けた並木道の木々を眺めながら川沿いに数キロ、小高い丘の中腹にある、白い豆腐のような建物を目指した。

 風の暖かさと、また三人で遊べるかも知れないと高揚する感覚は、数年経った今でも色褪せず、忘れられることはない。

 玄関のチャイムを鳴らして出てきたのは、セシリーの母親である。

 懐かしい顔に歓びの表情を浮かべたが、すぐに渋くなった。

 カヤが話を聞くと、失恋の痛手で部屋に篭っているとの話だった。

 昔から思い詰めると面倒な女である。

 恋多き困った女である。

 実の母親よりも扱いがうまいと自負するカヤは、セシリーの部屋に行くと、ボーッと座り込んでいたセシリーの腕を、挨拶もなしにつかんで外に連れ出した。

 向かう先はタクヤのアパートである。

 距離があったので、移動はタクシーだった。

 会話も何もなく腕と脚を組んで座るカヤと、ジャージ姿で不安そうにカヤを見るセシリーは、一言も声を発せずに目的地に向かう。

 車から見える外の景色など見もせず、運転手の戸惑った顔をミラー越しにチラチラと見ていたセシリーは、まるで売られていく羊か何かのようにも見えた。

 到着後、カヤは強引にタクヤの部屋に押し入った。

 男臭い部屋で、比較的片付いているものの、靴下がベッドの下に多数落ちていたり、弁当の殻がゴミ箱にそのまま入った状態になってりしていた。

 洗濯物はシャツが干してあるだけで、普段着はあまり洗濯していないようだ。

 そんな雑な部屋には、頭がくしゃくしゃでジャージ姿のセシリーと、状況が掴めないで困っているタクヤが似合って見えた。

 その部屋に入って最初にカヤが発した言葉は、

「よし!みんなでご飯を食べよう!」

 である。

 それを聞いたセシリーは、詰め込んであったものが何かを破壊した、まさに決壊してあふれ出る水のように涙を流して泣いた。

 終始何があったかを理解出来てないタクヤが、優しく抱きしめてしまったのだが・・・


(今考えてみると、あれが発端よね・・・。私にも責任あるかも)

 懐かしい思い出に浸ったカヤは、自分が乗っかっている木の太い枝をペシペシと叩いた。レアスキルの千里眼を効率良く使うために、付近で一番高い木に登ったのだ。

 千里眼は、二十名以上のギルド限定で、その中で一名だけが修得可能なものである。

 修得に際してはギルドマスターの許可が必要になる。カヤに千里眼使用の許可が出たのは、単純に無茶な注文が可能な人物だからである。

 基本的にカヤはセシリーの頼みごとを断らない。

 今回のこの行動も、セシリーからの依頼があってやっていた。カヤ自身、言われずともやっていただろうが・・・

 あれから、青竜との話し合いは続いている。笑顔で談笑しているのを見ると、雑談が多いのだろう。

 あれだけの人数を揃えて挑んだにも関わらず、雰囲気は明るく友好的である。腑に落ちない。

 カヤは千里眼のモードを一点集中から周囲数メートルに広げてみた。霞がかかったように見辛くなったが、周囲の人の状況が分かる。

 カルロス周辺には数人しか立っていないのが分かった。

 付近の色々なところに視線を移動させると、かなりの広範囲にわたってメンバーが立っている。

 はじめは騙まし討ちを考えたが、これは警戒なのだろう。

 話し合いをしている二人を中心に、外に向かって立っている。

 盗聴も読唇術も使えない。何が話されているのかは分からないが、間違いなく大きな話が進んでいるのだろう。

 だが、どうやってもそれを感じさせない。

『セシリー、起きてる?』

 こちらもタクヤ同様、返答はない。

 リストを確認すると、先ほどからちょくちょく場所が移動している。ホームに近い山の洞窟の中にいるようだ。

 メンバー内で"裏山"と称されるその山は、比較的強くて好戦的なモンスターが多い。

 疎らに生えている樹木と、季節によって紅葉を見ることが出来る。

 そろそろ季節が変わり、件の紅葉も見れるのではないだろうか。

 裏山の頂上付近には入口があり、出てくるには同じ場所まで戻らないといけないような一本道の長大な洞窟だ。

 ほぼ氷に覆われた鍾乳洞のようなところで、実はまだ最深部を見たものがいない。

 外の山と違い、内部は敵が強い。ソロでの探索は危険を伴う。

 リストの表示を見ていると、セシリーは洞窟に入ったり出たりしているようだった。

『そんなとこ、独りで入らないんだよ』

 ため息混じりに伝えると、落ち込んだのと甘えたのが混じったような声が返ってきた。

『カヤちゃんて本当、お母さんよね。お母さんよりお母さんだわ。お母さーん、私また失恋したー!』

『はいはい、それは可哀想に』

 思ったよりも元気である。これはいつものやつだから心配しなくて良いだろう。

 だが、何かがあって、言うことでスッキリするなら聞いてやろう。カヤはいつもそう思っている。

 自分が居ないとこの娘はダメであると、このゲームのβに参加する前によく判ったのだから。

『あ、待って。動きがあったみたい』

 千里眼の先に新手の数人が現れていた。

 彼等も見覚えがある。

 先頭に立つのは、傭兵を生業にするギルド、"躍り狂う牙"のシェミハザだ。

 近隣のギルドでは人数も比較的多く、戦力はAngelHaloに並ぶ。

 隣町なので、直接顔を合わせる機会はあまりない。

 シェミハザは細長い体つきをしているが、全身が締まった筋肉で覆われている。腕が長く、その上で長剣を使う。リーチの長さでは他とは一線を画していた。骨ばった頬と、天を突くような髪型が特徴的である。

 コワモテな顔をしているが、面倒見が良く、周りからは慕われている。

『牙のシェミハザが来たよ。連合を組むのかも知れない。厄介な話になるかもしれないね』

『キナ臭いの嫌い。でも、あの人が関わるなら、姑息な取り引きではないと思う。前に話したことあるけど、真っ直ぐな人だもの』

 セシリーは人を見る目はある。そのお陰で、ギルドメンバーに問題のある人物はいない。それは入る際に必ずセシリー自身が人物を見極めるからである。

『真っ直ぐねー・・・、シェミハザって堕天使の名前でしょ?それを付けることの意味って、何かあるのかなーって思うよ。神話の世界の話をそのままキャラクターに反映させるかどうかで変わるとは言え、やっぱりその名前を付けるのに想いは込められてるんじゃないかと感じてしまうな』

『救いの天使ってことでもあるらしいよ。私も神話オタクなわけじゃないからどうだか知らないけどさ~。ところでカヤちゃん、私失恋しちゃったんだけど』

『好きって言ってから失恋しなさい』

 押し黙ったような雰囲気があり、その後の返事は無かった。

 ただ虫の音だけが辺りに響き渡り、時折風が吹いて木々がざわめく。

 千里眼の先の集まりは、まだ人を待っているのだろうか。シェミハザは座ったっきり微動だにせずにただ一点を見ている。

 視線の先は、もしかするとカヤの方かもしれない。偶々こちらの方を見ているだけなのか、目が合っているようでも無いようでもある。

 突如、シェミハザの手がこちらの方を指差した。

 こちら側は葉が生い茂る部分に潜伏しているため、相手が千里眼を使っていたとしてもそうそう見付かることはない。それでも見付かったかもしれないという気持ちで不安が膨らみ始める。

 だが、青竜からの使者とカルロスが穏やかで、誰かを歓迎するようにして動いた。

 まだあの場に参加する者が残っているのが考えられる。

 その人物が誰かは、予想が付いている。

 AngelHaloを含めた近隣の有名五ギルド中、二ギルドが参加している。すると、AngelHalo以外に残り二ギルド。そのうちの一ギルドは友好な関係なので、AngelHaloを狙った同盟であれば参加はないだろう。

 次に現れるのが、友好関係のあるギルドであれば、この集まりは不問でも良いと考えた。

 月が昇っている。満月にほぼ近い形になっている深夜の光源は、視界に入るエリア全体に光を注いでいる。

 月明かりが照らす会場。そこに現れたのは、友好関係を持っているギルドのマスターであった。

 初老の男で、赤地の、銀の天秤が刺繍されたクロークを着ている。金属性の大きな杖を持ち、悠々と歩いて席に着いた。フードを取ると白髪交じりの頭髪が見える。

 見慣れた"純白天秤"のギルドマスター、ヒデマサである。

 外見にこだわってキャラクターを造り込むプレイヤーが多いが、老人を準備する者は多くは無い。貴重なジジイキャラでもある。

 純白天秤は錬金術に秀でたメンバーが多いギルドで、レアメタル合金のインゴットを納品することが増えている。逆に、AngelHaloも、合金の制作に使う材料を購入することが増えた。BloodySpearとの金属販売の価額競争に負けないのは、彼等のお陰でもある。

 集まりの詳細はともかく、自分達に仇をなすものではないと判断することにした。

 何が話し合われているのか、この距離からはわからない。例え"地獄耳"のスキルを持っていたとしても、有効範囲外に居るのだ。

 疲れも溜まっている。

 カヤは、すぐその場に戻れるようにマーキングをし、ホームにテレポートした。

 テレポートを発動させる魔道石が白い光を発しながら、角砂糖が紅茶の中で溶けていくように消えていく。

 フワリと一瞬浮くような感覚を覚え、視界がホワイトアウトすると、見覚えのある建物前が現れる。

 ホームポイントが設定されている石碑が、カヤを迎える言葉を青く光らせた。

 リストを見ると、タクヤはログオフ、セシリーは拠点の建物内の自室で睡眠中のフラグを立てている。

 翌日が休みなので、カヤもログオフせずに眠りにつくことにした。

 翌日の朝、情報屋から個人宛の緊急コールが入り、目覚めた。カヤは寝惚けた声で応答していたが、すぐに目が醒めた。

 自分の考えの甘さに怒りすら覚えた。と同時に、顔が熱くなる程に恥ずかしい気分にもなる。

 その内容は、純白天秤の潰滅と、多数のギルドメンバーのキャラクターロストが確認されたとの報せだった。



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