平行世界のOntologia

著 : 柊 純

Act04:ギルド拠点


「突然だったのだが、バサラという、"青竜"の幹部を名乗る男から誘いの話があった」

 ヒデマサは、現在の状況に至るまでの話を始めた。

「近隣のギルド同士の抗争を止めたい。仲裁をする。そんな話だったと思う。天秤は元々夜型が多いから、翌日が休みだということを含めて、全メンバーが揃っていた。メンバーの殆どが、今の面倒な小競り合いに嫌気がさしていたから、参加して来いという意見が多かったよ。結果的に抗争が止まる止まらないは分からなくとも、その場に参加することに異議はなかった」

 ヒデマサの口調は、淡々として淀みない。

「そうね、セシリーの気持ちはともかく、うちでも同意見のメンバーは多いと思うわ。私も含めてだけど、既に半分位はそんな感じの意見出てるし」

 カヤはそれに同意する。

 ムスッとしたセシリーが何か言おうとしたが、カヤは手のひらで口を強引に封じた。モゴモゴとさせながら、セシリーはしゅんと小さくなる。口元に暫く手のひらの痕が残った。

「もしうまく話がまとまれば、メンバーの喜ぶ顔が見られる。それは私の望むところでもあったので、パーティを組んでマーキング先にテレポートした。カルロスとシェミハザが同じテーブルに着いているのを見て驚いたよ。セシリーよりも、シェミハザの方がカルロスを嫌っているのだから」

 ヒデマサは、椅子に腰掛けると、フードを取った。

 五十台後半くらいか、口ひげを生やした目の優しい男である。

 この世界の住人らしく、やはり"造られた"ナイスミドルの雰囲気が、隠されることなく発揮されている。

 髪、眉、髭、全てに白髪が混じった初老の男は、腕組みをして話を続けた。

「その場にセシリーが居なかったこと。そしてカルロスの、いつもとは違う笑顔での歓迎に違和感があった。この近辺のギルドと言う話であれば、"縞猫団"の姿がないことも疑問だった。しかし、話し合いの内容も聞かずにどうこう考えるのも無粋だろう。暫く様子見を兼ねて話しを聞くことにした」

 背もたれに上半身を預け、少し天井を見て、また視線を周りのメンバーに向けて戻す。

「最初はただの雑談だった。近辺の鉱山の様子や、どの程度の開拓が進んでいるのか。町の規模が大きくなっていることから、反目しあっていても、近辺のギルドの功績は大きいという賞賛の言葉。そのような話は、三十分は続いたと思う」

 相変わらず渋い顔のまま話すヒデマサの表情が少し動く。

 怒りに似た、だが本当に些細な動きだった。

「話が一息付くと、"青竜"の幹部は、我々に・・・、傘下に入れと言ってきた。今この場に居る3ギルドを吸収合併し、ストーンブレッド一帯を青竜の物にすると言ってきたのだ。現在のギルドのマスターは青竜の幹部に昇格させる。だが、他のメンバーは兵として働いてもらう。そう言った。元々傭兵団であるせいか、シェミハザは黙っていた。首を縦にも横にも振らなかった。だが、意外な事にカルロスが反発したのだ」

 セシリー、カヤ、ミシェルの脳裏に、昨日の騎馬兵が思い浮かんだ。

 カルロスは、カルロスなりにこの土地への愛があるのだろう。兵を準備し、有事に備え、それを実行するために仇敵であるセシリー達に頭を下げた。

 元々カルロスに持っていた、悪の代名詞のようなイメージが、セシリーの中から払拭されつつあった。

 元々は、彼らも普通のプレイヤーだったのだ。この一帯をまとめて、平和な土地にしようとしていただけだろう。

「カルロスは、付近の山中に兵を従えていた。数は八十を超えていたと思うが、正確には数えていない。ギルドのほぼ全てのメンバーがそこに揃っていたのだろう」

「あれは、そういうことだったのね」

 セシリー達と離れた後も、近隣の仲間を集めて準備を整えたのが想像出来た。

 話があった時から、カルロスは青竜を信用していなかったのだろう。

 事前の情報収集がされていたのか、それとも、自分達のやり口からの予測だったのか。

 となると、外向きへの配置は、近辺に居ない伏兵への警戒だったことになる。

「強かだったのは青竜だ。連中は、会合場所の付近にマーキングを多量に仕込んでいた。カルロスの部隊の内と外に、合わせて二百近い兵がテレポートして来た。多勢に無勢だ、その場は逃げざるを得なかったよ。連中はよく訓練されていた。たかがゲームなのにな。社畜の魂オンラインまで、ということなんだろう」

 普段なら笑うところなのだろうが、状況が状況なだけに、感心する一言だ。

 カヤとセシリーが妙に納得し、ミシェルが首をかしげた。

「正直なところ、カルロスが居なければ逃げられなかっただろう。メンバー全員がホームポイントを変えて、決死の覚悟で敵を抑えた。ただただ走ったよ。道中、仲間に警告しようと連絡を取ったが、その時にはもう、拠点ごと潰された後だった。一刻も早く向かいたかったが、ホームポイントも取り壊されてテレポートすることも出来なかったし、飛んだところで待ってるのはゲームオーバーだったが」

 ヒデマサはプレイヤーから眼を少し逸らした。

「・・・通信越しに泣きじゃくるマリーの声だけが、いつまでも耳に残っていてな」

 マリーは純白天秤の副長を務めるソーサラーで、強化系魔術のエキスパートだ。絶対防御壁と駿足を使って逃げたのだろう。

 ヒデマサとマリーは、何年も連れ添った夫婦のように仲が良い。

 その当時の状況ではかなり心配しただろう。

「マリーさんは、その後は?」

「残り数人と、南方の町に待避させた。朱雀の勢力圏内だから、青竜の追っ手も入らないはずだ」

 この世界には、四神の名を冠したギルドがある。

 創設者が示しあわせたのか、たまたま偶然で付いた名前なのか、最初に出来たギルドに習っただけなのか。真相は分からないが、四神ギルドは数千人規模のメンバーを従える巨大ギルドへと成長した。

 イザヴェルはサーバーごとに分けられていない単一の世界で、総人口は二十万人を超えている。まだ国内のみのサービスで、欧米は翻訳機能の完成と同時に開始されるそうだ。

 総人口中、四神ギルドに所属する者は一万人近い。

 世界の中で二十人に一人は四神の配下になる程だ。

 恐るべき規模で領土を拡大し続けている朱雀と青竜は、南と東に位置する大都市に拠点を構えている。

 この二ヵ所が比較的近距離に在るため、近いうちにぶつかるだろうと言われていた。

 まだかなりの距離があるとは言え、ストーンブレッドは中間に位置している。

 本当に遠い話ではないことが実感出来た。

「連絡はまだだが、もうそろそろ到着するだろう」

 朱雀は情に厚いリーダーが立っており、理由を伝えれば、マリーとその他数名を庇護下に置いてもらえる可能性が高い。

 南方への避難はそれが第一にあった。

 第二に、朱雀の勢力圏内の町は、その殆んどが城塞都市の形を取っている。

 町を取り囲むようにして朱雀の拠点が建っている形になるため、出入りが自由に出来ない。

 安全面で信頼がおける。

 庇護下に入らずとも、町に入れれば一安心出来ると言うものだ。

「我々はどうしましょ?相手は囲んできただけで、今のままでは手出しはしてこないと思うの。でも、いつまでもこう着状態のまま済むとは思えないし」

 セシリーはいつの間にか着替えていた。

 戦闘用のレザーコートを着て、名も無き長刀を背中に背負っている。

 長刀は鉱山で出会ったドラゴン系のモンスターがドロップしたものだが、鑑定者が居ないために名前が分からない。

 使用した感じから、ショップや競売では買えない威力のものだということがすぐに分かった。

 普通の長刀や大剣では、馬ごと騎士を真っ二つに割ることなど出来ない。

「もうそろそろ、メンバーがログインし始めるわ。この場に篭ってうまいこと戦えば、あるいは数を減らすことが出来るかもしれない。でも危険過ぎるし、根本解決ではないわ」

 窓の外を覗き込むカヤの表情は固い。

「正面だけなら百ね。ヒデさん入れても最大二十四名。一人当たり四人倒せば・・・」

 シフト勤務のプレイヤーは考慮しない。

 セシリーが真面目な顔で同じ窓を覗き込む。

 ズラーッと並んだ青い軍服が、防風林のように整然と立ち並んでいるのが見えた。このゲームを始めて以来、こんな光景を見たのは初めてだ。

 今まで耳にしかしたことしかなかった、巨大なギルドに狙われるという危機。それが今目の前に広がっている。

 初めての経験に、何をどうしたら良いかが考え付かない。

「無理言わないで。ハイロウの面子がどんなに優秀でも、乱戦になれば勝ち目はないよ」

 カヤが首を横に振る。

「少なくとも、生き残る方法を探しましょう」

 怯えは見えない。カヤらしく、真っ直ぐな表情をしている。どうにかしてこの状況を打破しようとしているのが感じられる。

「ひとまずは強攻状態にならないよう、戦闘は禁止にしましょう。ヒデさん、魔力の回復に時間を費やしてください。この状況を打開するためにはあなたの火力が必要になるはずです。ミシェルはセシリーを抑えとくこと。セシリーのキャラがロストすれば、ギルドは消滅するわ。セシリーもそれを考えて下手な行動は取らずに死なないことを優先して」

 イザヴェルは、大きな時間を費やして過ごしてきた、言わば第二の人生を歩むための世界であった。

 そこには、今自分が使っているアバターで得てきた思い出がある。

 もしかすると、その全てを失ってしまうかもしれない。それに対する恐怖感は、セシリーの性格からしても恐怖になった。

 思い返せば、幼い頃から必ず傍らには彼女がいて、いつもセシリーのことを支えてきた。そして、今もそれは変わらず続いている。

 たかがゲーム内の窮地だ。

 だが、セシリーはカヤに感謝した。


「すごいなぁ、こんな光景初めて見たよ。ログインして良かったぁ~」

 タクヤは半分笑いながら窓の向こうを見ている。

 ほぼ全てのメンバーがログインし、ギルド拠点内に集まっていた。今のところ、外部でログアウトしたメンバーが居なかったことが唯一の救いだった。

「セシリー、また何かやらかしたの?」

 それを聞いた赤茶色のポニーテールが、呆れ顔でタクヤの後頭部をグーで殴る。

 隣に並んで苦笑いしている少年のような顔の男、"サラハ"が、二発目のそれを押さえた。

「エレノアが殴ったら、タクヤの頭が砕けるから」

 この世界の理では、そんなことにはならない。が、心配になるほどに威力のある拳を持つ女だ。

 エレノアと呼ばれたポニーテールは、少しつり上がった目を細める。タクヤが頭を大袈裟に頭を抱えているのを見て、鼻で笑った。

「ショックで中の人も死ねば良いんだ」

 と、キツめの性格を披露する。

 腰にぶら下げたナックルからは、彼女が格闘系のスキルを持っていることが分かる。

 サラハの方は大きな曲刀を腰に下げており、セシリー達とはまた別の系統の剣術を使うことが想像出来た。

「それにしても暇な連中だね。もう何時間もああしてるんでしょ?こんなことなら、どこか遠くにマーキングしとけば良かったよ」

 サラハの皮肉の裏には、出掛けられないことへの不満がある。顔にも声にも出さないが、かなりの苛立ちがあると見えた。

「それ、ここに帰って来れなくなるよ」

 セシリーに頬をつつかれ、サラハは力なく笑う。

 エレノアもサラハも、恐らく頭を使うのが苦手なタイプである。奥で半分くらいのメンバーが、対応方法について話し合っているが、そこには参加しようとしない。

 セシリーが振り向くと、カヤが首を横に振っているのが見える。

 この拠点をどう護りきるか、議論を続けているのだ。

 ログオフしてやり過ごす案が出るが、拠点が維持出来ない可能性を強調する。

 純白天秤がギルド拠点ごと潰滅に陥った経緯から、一般プレイヤーには知られていない手段があると予想していた。

 ギルド拠点とは、工房を持った砦のようなものである。

 工房がないと大物アイテムが作製出来ない。他のギルドのものでは制限がかかるため、制作職のプレイヤーに取っては、拠点喪失は死活問題に繋がる。

「護りきらないと、レンファが泣くなぁ・・・」

 シフト勤務でログインしてこれない仲間の、手と膝を地に付けて嘆く姿を想像する。

 ギルドの鍛冶を一手に引き受けた彼女は、ギルド創設時からコツコツと工房のアップデートを続けてきた。

 そのお陰で、他に類を見ない高度な工房が完成し、自他共に認めるハイレベル鍛冶集団を抱えるに至った。

 純白天秤においても、錬金術のアトリエが破壊されている。

 あちらもあちらで特殊な設備が調えられた、イザヴェル有数のアトリエであった。しかし、無慈悲に潰されてしまったようだ。

「あんなのやっちゃえば良いんだよ。頭を潰せば四散するってのがセオリーでしょ。セシリーと私が行けばすぐ終わるんだから」

 エレノアがガツンと壁を殴った。

 機嫌が悪そうだ。ピリピリを通り越して、ギリギリしているような感じがする。

 この場に居ると、猛獣の檻に放り込まれたような緊張感に似ている。腫れ物の付いている本体が虎か狼だ。

「何か機嫌悪そうじゃない?何かあったの?」

 恐る恐る、熱した鉄鍋にでも触るように問うサラハに、

「今朝、彼氏と別れた」

 と、アッサリと返す。

 場の空気が凍り付いた。

 半年前にも同じようなことがあり、当たり散らすエレノアから色々と被害を被っている。

 あの日近くにいた仲間達は、難攻不落と言われたオーガの城に攻め込むことになり、最深部の一歩手前まで休まず六時間の行軍を続けることになった。

 最初は悪くなかった。

 むしろ、あまりにスムーズに事が運んでしまい、そのままコンテンツのクリアが見えた程だ。

 だが、休憩も取らず、猪突猛進のエレノアにまともに付いて行けたのは、セシリーだけであった。

 この二人の後を泣く泣く付いて行ったメンバーは、脳筋×脳筋の恐ろしさを初めて知る。

 回復の暇なし、大量の敵を同時に相手にする、囲まれる、はぐれる、事故で仲間が倒れても強行。

 いつも冷静に対応するメンバーが、あらゆる面でキャパシティオーバーとなり、悲痛な声で叫んだ。

「助けてくれぇぇ!!」

 これがサラハである。

 回復出来るメンバーが倒れてホームに戻るまで、そのデスマーチは続くことになった。

 エレノアが苛立っている時は一緒に行動するべからずと、ギルドの裏ルールが出来上がる。

 半年前だと言うのに今でも鮮明に思い出せるその出来事は、ある種の伝説としてギルドメンバーの殆どに語り継がれた。

 周囲の仲間が距離を置いた。"腫れ物に触る"、もしくは、"触らぬ神に祟りなし"のレベルに感じてしまっている。

「八つ当たりはしないわよ。アイツの部屋入って砂糖ぶちまけて、水撒いてきたから。発散はしてきたつもり」

 きっと今頃、ベトベトに溶けた砂糖がカーペットに染み込んでいるに違いない。

 タクヤとサラハがそれを想像して、ゾッした。そして、エレノアのニヤリとした表情に怯える。

 奥の会議は話が進まず、窓際の数人も動きが取れない。メンバーが揃ってから小一時間も経っただろうか。

 時の流れは止まったようにも感じられ、整然と並んだ外の連中にも動きがない。

 入り口側にいる窓際チームは、外の様子と中の様子を交互に見るだけの時間を過ごし続けている。

 これは、常に動き回る癖がついているセシリーやミシェルにとっては、監禁部屋に閉じ込められた子供のように辛いものだった。

 これに対して最初に堪えきれなくなったのはミシェルである。

 最初は人の居ないところへ行き、剣を振り回していた。

 鋭い剣閃が、何も無い空間を斬り続ける。

 ただの素振りのようなそれは、次第にリズムを刻むように剣を舞わせていき、剣舞へと変わっていった。

 ヒラヒラと舞うように踊り、細剣が空を刻み、くるりくるりと回転をし、髪がふわりと跳ねる。

 窓際チームは、ミシェルが踊り終わると拍手してアンコールをした。

 すると、一呼吸置き、今度は歌い始める。

 誰も聞いた事のない曲に、みんな耳を傾けた。

 柔らかな歌声が、拠点内一階のホールに響き渡る。アカペラでここまで聴かせる歌唱力に、みんな関心した。

 歌い終わると、近くのメンバーから再度拍手が送られた。

「それ、オリジナル?聞いた事ない曲だったけど」

 タクヤの問いに、照れた表情を見せる。

 頬がうっすらと赤くなったミシェルは、小さく頷く。その仕草に、何か温かなものを感じた。

「そうだよ。作曲なんて久しぶりだったけど、このところ暇だったし。なんだか想いが詰まってたから」

 と、少し照れ笑いをして答えた。ついうっかり披露してしまったことに気付き、恥ずかしい気持ちになったのだろう。

「誰かに作られたのを歌うより、作って歌う方が楽しいね」

 と言うと、歯を見せて笑った。

 笑顔が輝いて見える。

 それは、システムが見せているエフェクトではなく、タクヤ自身の脳内で思い入れによって美化されたものだ。

 仮想世界のエンジンが、それを自動的に視覚化したのだろうと思われる。

 イザヴェルのシステムには、脳内の感情をエフェクト化して、仮想世界で足りていないものを補う機能があるらしい。

 だから、その光景は本人にしか見ることが出来ない。

 いつまでもミシェルのことを見ていたい、そんな衝動にかられていると、建物の正面玄関を乱暴に叩く音が聞こえた。

 メンバー全員に緊張が走る。

 奥のテーブルで議論をしていたメンバーも、口を閉じて入り口の方に視線を集中させる。

「和睦交渉だ!事前情報通りお前らは一筋縄で落ちそうにない!悪くはしねぇから、話し合いに応じないか!?」

 扉の向こうから、セシリーとミシェルには聞き覚えのある声が聞こえてきた。



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