「確かにログアウトできないねー。ヒデマサさんも駄目だって。さっき捕まえた縞猫メンバーは大丈夫みたい。ただ、GMコールは封じられてるみたい。それは全員」
『そう、やっぱり・・・。こんなことが出来るの、運営くらいだと思う。でも、意図が分からない。動機も分からない。不気味ね』
通信越しにカヤのため息が聞こえる。タイミングよくそれに混じって、風が吹いた。
「で、タクヤが迎えにって、どこに?」
セシリーの声に笑いが含まれている。
森に入るには、何通りかのルートがある。一番安全に通れる道は、山越えの山道だ。狭い上に暗く、険しい。
獣道に近い。
頂上には小さな広場があり、周囲を一望できる。
移動は困難だが、青竜に見付かりにくいことを考えると、他に行く余地はなさそうだ。
『山道ルートで良いと思うよ。直接聞いてよね』
すっかり暗くなったイザヴェルの空気が、澄んで冷たくなってきていた。
遠く月明かりに照らされた山が、なだらかな斜面を深い緑色に染めている。動いていないにも関わらず、山は迫るように感じられ、飲み込まれてしまうような錯覚すら覚えた。
フォンストーンでタクヤを呼び出しながら、セシリーは少しずつ歩き始める。長く伸びていた草は、森近くまで来た時には膝丈程度になっていた。
『よぉー、元気?』
タクヤの声が、小さな石版から発せられた。電話のように曇った音ではなく、その小さな石版の中に本人が居て喋っているように鮮明である。
たまに小さなことでパニックに陥ったりもするが、基本的にはいつもこんな調子だ。包み込んでくれそうな温かみのある声に、ホッとした気持ちになる。
「元気。暴れ足りないくらいだよ。ねぇ?タクヤ、どこまで来てくれるの?山で良いのよね?」
『そうだねー・・・、そっちからの登り道は一本だから、山頂で落ち合おうか。連中、もう廃教会取り囲んでたし、それが一番安全でしょ』
思った以上に青竜の行動が早い。カヤ達が旧拠点に着いてから、それほど時間が経っていないはずだ。
裏切りがあったとしても、あの人数をまとめ直して目的地に向かうのは、セシリーの想像の範疇を越している。
「わかった。なるべく早く向かうね」
本当はもっとたくさん話をしていたい。名残惜しい気持ちで溢れていたが、そこで通信を切ることにした。
「縞猫はどうする?私たち、仲間と合流するけど」
旧拠点にレイナ達を連れて行くことはできない。外部のメンバーからの情報漏洩を危惧するカヤの顔が思い浮かぶ。
「無理して行くとこはないし、出来れば付いて行きたいな。戦うんでしょ?安くしとくから使ってよ。そしたら、うちの子達を斬ったのチャラにしてあげる」
そう言って腕を組み、セシリーを覗き込むようにして、斜め下から見上げる。
「んー、そうね。でも、私が勝手に決めると叱られるから、後でまた連絡するよ。一旦どこかに潜伏しててくれる?」
「オッケー。連絡してね」
決まると行動は早い。レイナは仲間を引き連れ、夜の森へと消えて行った。
廃教会の正面で、銀髪の男が立っている。逆立った短い髪をクシャクシャといじり回し、目の前の坊主頭をマジマジと見た。眼光の鋭い切れ長の眼が、威圧的に光っているようにも見える。
「おい、ハゲ。何か変わった奴は居なかったか?有り得ねー動きするやつとか。手も触れずに何かするとか」
「居ませんでしたよー。生き残った連中は手練れだってこと以外はなーんもありません」
「手練れねぇ・・・、それはお前より強いのか?ハァゲ」
ハゲを強調し、髪の毛をクシャクシャとしながら顔を近付ける。
身長はジンの方が、頭一つほど高い。
「ちゃんと戦ったら、まぁ、ギリギリ勝てるかもしれんですねー。一人厳しいのが居ましたが」
「じゃあ、大丈夫だな。ハゲでも勝てるかもしれないレベルなら雑魚だ。その厳しいのと逢えることを祈るか・・・」
と言うと、急にそっぽを向いて腕組みをした。西にある山間部を見ている。
銀髪の男は、青竜の辺境方面軍の司令官を担当している"バサラ"である。武に秀でており、青竜内部でも指折りの実力者だ。ジンも腕に覚えがある方だが、バサラ相手には頭が上がらない。
元々、青竜が幅を利かせてる地方の盗賊団のリーダーをしていた過去があり、荒仕事に慣れている。今回の作戦には適任であった。
ちなみに、ジンも似たような盗賊団の出ではあるが、フィールド上でバサラに遭遇すると、何も言わずに逃げ出したほどである。
ジンが苦戦しても、バサラなら簡単に倒して帰ってくるだろう。そう思わせるようなイメージが定着していた。それほどの実力を持って上に立っているので、ジンの従者三名は怒りをぶつけられずに青筋を立てている。
「ところでバサラさん。これはスキンヘッドで、ハゲじゃないですから」
ジンが、冷静な態度で頭をペシペシと叩いた。
「あぁ?いつまでたっても髪伸びないんだろ?そういうの、ハゲって言うんじゃねーのか?なぁ?」
そう言いながら下唇をひん曲げて、片眉を持ち上げる。眉間にシワを寄せて鼻から息を吹き出した。
「これはシステム上のそういうパーツなんすよ。美容室行けば一瞬でロン毛にもできますから。今度、金髪のロン毛で三つ編みにして参上します」
「髪型付けても、・・・ハゲって呼ぶからな」
「どーぞ、お好きに」
こんなやり取りをする中、青竜の兵隊たちは班分けされて、捜索を開始した。
既にバサラの指示が行き渡っている。力で支配されており、統率力が非常に高い。
「本部から連絡が入ってる!ここより西方だ!しらみ潰しに探せ!第一発見者には百万は出すぞ」
結構な大金である。一般のプレイヤーが稼ごうとすれば、軽く二ヶ月は掛かるだろう。バサラの一声で、一気に士気が上がる。
「バサラさん。なんでそんなに、あの連中にムキになるんです?拠点も破壊してしまった今、我々のやることなんて何もないんじゃないかと思うんですが」
暫しの間、沈黙が訪れた。
マズイことでも聞いたのかと、ジンの表情がじわじわと苦くなる。恐る恐る横目でバサラを見ていると、かったるそうな顔をしながらゆっくりと口を開いた。
「・・・ハァゲ」
「はい」
「お前は知らんで良い」
そう言い、唾を吐いてその場を後にした。青い軍服が暗闇の森へと溶け込んで行くのを見ながら、確執について考える。
バサラにあるのは強さだけではない。上からの圧倒的な信頼が感じられた。
自分には決して下りてこない情報。それが物語っている。
あの男を出し抜くのは難しい。ジンは、それを再認識した。
「おい、ラザール。西には山以外に何かあるのか?洞窟みたいのとか」
「何もないっすねー。頂上にワイバーンの巣があるらしいですけど、んなとこ潜伏する奴も居ないんじゃないっすか」
森の中から何本か登山口があるのを、マップ上で確認する。バサラが向かったのもそちら方面だ。
マップ上では隠れる場所が見当たらない。一般的な地図屋で入手したものに載らないとすると、個人の所有するような建物がある可能性が高い。
逃げた人数が入れる建物がありそうな、ちょうど良い広さの場所であれば、マップ上に何ヵ所か確認できた。
そして利便性。近くに里がある場所となれば二ヶ所に絞られる。
「おい、何人か来い!」
ジンの呼び掛けに、近くの装束姿の内、三人が走りよってくる。
背が高く、腕と脚の長い猫背の男。小柄で少年のような顔立ちの髪が緑がかった茶色をした男。白髪で目の赤い、細身の少女。三人とも竜の模様が入った額あてを着けている。
他の一般兵と雰囲気が違い、動きがキビキビしている。よく訓練されているようだ。
「この二ヶ所だ。行って見てこい。敵が居れば襲撃して良い。倒せるなら手柄はやる」
三人は声も発せずに一礼すると、バサラが消えて行った森の中に走って行った。まるで、草むらに飛び込むバッタのようだ。
「今の連中、本部お抱えの忍じゃないですか。司令官が連れてきたんすか?」
ラザールが驚いてみせる。
青竜が巨大化する中、その地方のギルド吸収に暗躍した小さな部隊があった。
何人ものギルドマスターが手に掛かり、キャラクターのロスト寸前まで追い込まれたらしい。
脅しや恐喝、暗殺に諜報、煽動など、ダーティな仕事をモクモクとこなす彼等を、青竜内部では"陰の爪"と呼んでいる。
普段この世界で活動していても、あまり見れない貴重な面々だ。
「俺が呼んだんだよ。あそこのリーダーに顔がきくから、お願いして借りてきた。索敵能力高いのが少ないからな、辺境方面軍」
それに併せて、ラザールとヴァンサンも腕を組んで大きく頷く。まるで他人事のようにな顔をしている。それに対してジンが、
「お前らもな」
と言うと、二人ともため息を吐いて渋い顔をした。動きがピッタリと合っていて、端から見ていると面白い。
盗賊団をしていた頃からの仲間だ。好きな戦いかたから女の好みまで知り尽くしている。
「まぁ、あれだ。俺もな・・・」
それを聞いて、二人はまた頷く。
「で、ジンさん。我々は?」
ヴァンサンが西の山岳地帯を見ながら言う。
「そうだな。司令官殿の後でも追うとしよう。・・・きっと面白いもんが見れるぞ」
現在の位置から、山頂まで数分。ミシェルが小声で歌を歌いながら、山道を軽々と駆け上っていく。タクヤがその後ろを追うようにして付いていった。
ミシェルは夜目が利く。タクヤにはそのスキルがないので、追うのが精一杯である。
時々ミシェルが振り返って、タクヤが追い付くのを待つ。
「タクヤさん、早くー」
手を振っているのが、暗闇の中で何となく分かる。
もうすぐで手が届くところまで来ると、ミシェルはまた小走りに山道を駆け上がっていく。付いては離れ付いては離れを数回繰り返すと、木がなくなり視界が開けた。
遠くに松明の明かりがチラチラと光っており、まばらだが、その全てが廃教会よりもこちら側に向かって来ているのが見える。
仲間内に、まだ裏切り者が存在しているのだろうか。タクヤの脳裏に数人の顔が浮かぶ。
ここまで来る間にミシェルが何かをしている素振りは見せていない。カヤがそうである可能性はまずない。そうなると残りの二人の内どちらか、もしくはログオフして、まだ戻ったと聞いていないティムである可能性がある。
ただ、そうなると、松明の明かりがあまりにも疎らである。タクヤとミシェルの二人の居場所は特定出来ないと考えると、裏切り者がいる場合は全て旧拠点に向かうはずだ。
「セシリー達、まだ掛かると思うんだ。少しこの辺で休もうかー?」
下の動きも観察しておきたい。タクヤはそう考えて腰を下ろした。
夜風が冷たくなっている。麓から頂上に向けて緩やかに吹いていた。
耳元を走り抜ける風の音が、妙にリアルに表現されている気がする。こんな場合は、システム側で何か意図していることが多い。
先に進んでいたミシェルが戻ってきて、すぐ隣に、ペタンと腰を下ろした。
距離が近い。
ほんの数センチ体を傾ければ、お互いが触れ合う程だ。
ミシェルは小声で歌い続けている。数年前に、色んなところで流れていた曲だ。懐かしさと共に、もう新曲が聴けないのかと思う切ない気持ちになった。
ふと、歌が途切れる。
タクヤが隣をを見ると、ミシェルの顔が自分の方に向いていた。
眼が合って、思考が高速に流れ始める。自分の中にあるミシェルへの感情が、歌姫への憧れとはまた別の何かへと構築し直されるような、不思議な感覚になった。
「タクヤさん。昼間はありがとう御座いました」
そう言って、ミシェルはジッとタクヤの方を見た。月明かりに照らされた瞳が輝いている。
「あ、うん。・・・間に合って良かったよ。回復か斬り掛かるかで迷ってたら、きっとやられちゃってたと思う」
「・・・実は、あの時もう諦めてて、新しいキャラでも作ろうかななんて考えてた。最後に、相手に一発ぎゃふんて言わせてやろうって、でも何もできなくて。無力になっていて。セシリーさんみたく強くはないし、ただ、覚悟するしかなくて・・・」
そう言うと、一度下を見て、それから夜空を見上げた。
「私ね、大怪我しちゃったことがあってね、少し体が不自由なの。だから、この世界が好き。どんな風にでも、自由に動くことができるこの世界が。今のキャラが消えちゃったら、暫くそれができなくなりそうで、それがなんだか凄く怖かったの。なので、助けてもらって本当に感謝してます」
そう言い、また顔をタクヤの方へ向ける。
「さすがに、ステータスが一からってのは厳しいよね。今の状態に慣れちゃってると重力数倍みたいで動きも鈍りそうだし」
と、苦笑いする。タクヤとミシェルの視線は外れない。互いの眼が吸い込みあうように錯覚した。このまま混ざり合ってしまうのか、そんな気持ちになる。
何かが振動する。心臓の鼓動のように、同じ間隔で響いてきた。
振動は、地を伝う。
低く重たい、唸るような鳴き声が聞こえ、二人はそこではじめて異変に気付いた。
タクヤがゆっくりと頂上の方に視線を移す。黒く巨大な影が、逆光になった月明かりに照らし出されていた。
「・・・ワイバーンだ。しかも巨竜種。あんなの、こんなとこに居たっけ・・・?」
「最近、実装されたのかも・・・?」
状況を理解したミシェルの顔が変化していく。歯を見せて口角を片方だけ上げ、両の眉の端が下がった。
ワイバーンの巨竜種は、そのサイズから、少人数での戦闘が難しいとされている。更に、火炎でも氷でも雷でも、この狭い山道で使われてしまえばまず勝ち目はない。
嗅覚と視覚で獲物を識別するワイバーンは、下手に逃げても、どこまでも追跡してくる。また、この時間に寝ていないとなると夜行性なので、夜目が利く。
「マズイね。どうしようか・・・?せめて、ヒデさんが居てくれれば・・・」
「とりあえず、頂上まで突破しましょう。ここは狭いわ」
二人の反応はほぼ同時、跳ぶように立ち上がり、山道を頂上に向けて地を蹴った。ミシェルが先に剣を抜く。素早さには自信があり、ワイバーンが戦闘体勢になるまでに数メートルほどまで近付いていた。
ワイバーンの咆哮が衝撃波のように二人を襲う。キーンと鳴って聴覚が一時的に麻痺したが、足を止める余裕はない。
ミシェルとタクヤは道を外れて左右に分かれ、山頂の広場を目指した。ワイバーンの視線は、先に近付いてきたミシェルに向いている。
ワイバーンの巨体が方向を変え、タクヤの正面に巨大な尾が叩きつけられてきた。鞭のようにしなる丸太のような鱗の塊が、斜め上から振り下ろされる。それをギリギリのところで身体を沈めて、滑り込むように避けた。
タクヤの顔面をかすった尾が、地面を破裂させる。
反対側を見ると、前足で叩かれてミシェルが弾き飛ばされているのが見える。空中で体勢を立て直してうまく着地するが、威力があり過ぎて広場の中心部まで滑っていく。
頂上広場はかなり広い。バスケットのコートが幾つか入るほどの歪んだ円形で、比較的平らな面には草があまり生えていない。
パーティを組んでいるので、ミシェルの体力値が三分の一ほど削られているのが見えた。
「動いてください!」
半ば動きが止まっていたタクヤに向けて、ミシェルの叫び声が届く。注意を引き付ける意図もあったのだろう。ワイバーンの巨体がまた、ミシェルの方へ向く。意外にスマートで、動きが鋭い。
月明かりを浴びたワイバーンは、青みがかった金属光沢を放っていた。金属光沢があると言う事は、体に帯電させる場合がある。属性は雷の可能性が非常に高い。雨が降っていなければ広範囲への攻撃はないはずだ。不幸中の幸いである。
しかし、金属系の鱗を持つワイバーンは防御力が高い。普通の剣撃では傷を付けることは出来ない。
「セシリー達が来るまで時間を稼ごう!他に方法が見付からない!」
セシリーのデタラメな威力の兜割りを持ってすれば、なんとか傷をつけられるだろう。もしくは、エレノアの打撃系の技かティムのハンマーがあれば、鱗を砕いて攻撃可能箇所を作れる。でなければ、鱗の角度を見て、隙間に剣を差し込むようにして突き刺すか。
ワイバーンがタクヤの声にも反応し、前足を横薙ぎにしてくる。後方に跳びながら寸前で避け、すぐに踏み込んで剣を突き立てるが通らない。岩でも叩いたような衝撃に手が痺れた。
「どれくらいで来るのっ!?」
「分からない!!咆哮とか聞こえてたら、走ってきてくれると思うっ!!」
自分なら躊躇するなと思いながら、タクヤはワイバーンの注意を引くようにして大声を出す。
いつものタクヤであれば、何とかして逃げ出そうとしていただろう。ミシェルが居なければ、道を外れた崖を飛び降りてでも、逃げたはずだ。
ワイバーンの口が大きく開かれ、電撃が吐き出される。距離の近いミシェルの方に追尾し、何かが弾けるような音が鳴った。
普通は金属に外れず当たるところだが、そこはゲーム内の補正が効いている。横に飛びのいたミシェルの、立っていた元の場所の地面がえぐられた。
「デカいの!こっちだ!」
タクヤの叫びに、ワイバーンの向きが完全に変わる。
(良いとこ見せたいって思ってるのか?)
自分自身に語りかけながら、ワイバーンの攻撃を掻い潜って懐に飛び込む。腹部に滑り込み、下から鱗の隙間に差し込むように剣を突いた。
手応えがあり、数センチ刺さったように感じたがやはり浅い。ダメージは殆ど与えられなかったようだ。
ワイバーンの腹部から転がるようにして跳び出し、全力で距離を置こうとするが、後ろからの激しい一撃で、崖の淵まで弾き飛ばされた。
何を食らったかも分からず、背中一面に激しい熱さを感じる。体力値が半分近く削られた。
間違いなく、今まで戦ったモンスターの中でも上位に食い込む強さだ。二人で相手をするという意味であれば、最強と言っても良い。まともな回復用のアイテムがないのも、かなり状況を厳しくしている。
「攻撃力が高い!無理にダメージ狙いで近付くのはやめた方が良い!」
振り向いた瞬間、タクヤは振り上げたワイバーンの前足が月の明かりを遮っているのを見た。無防備に近く、正面から重たい打撃を浴びてしまう。
自分の体力を表すメーターが一気に減り、赤く点滅し始めるのを、スローモーションのように感じながら視界がブラックアウトしていく。
睡眠状態ではないので、意識を失った状態だろう。もう一度何かを食らえば、次に視界が開けるところはホームポイントである。青竜の部隊が残っていれば、漏れなくキャラがロストする。
しかし、視界はブラックアウトし続けたままの状態で、何も変化がない。
ミシェルがヘイトを取ったとしか考えられないが、一人でワイバーンの攻撃を避け続けるのは難しいだろう。
声を発することもできず周囲の状況も分からない。ミシェルが倒され、次に自分の視界がホームポイントに戻されるのを待つしかない。
そう思っていると、ぼんやりと視界が戻ってきた。夜空が見えるということはホームポイントではなく、まだ倒れたままの状態なのだろう。
重くなっている身体を動かし、何とか上半身を起こすと、力なくワイバーンが横倒しになっているのと、ペタリと座り込んだミシェルの放心したような姿が見えた。
「どうしたの?これ・・・」
「わ、分からない。何かが起きて、いきなり倒れて・・・」
登ってきたのとは反対側から、セシリーが走ってくるのが見える。ヒデマサの姿は見えないので、先に走ってきたのだろう。今姿を見せたということは、セシリーが何かをした訳ではない。
辺りを見回すが、他に何かをした人物の姿は見当たらない。見通しが良いので誰かが隠れていることもないのが分かる。
「えーっ!何これ、二人で倒したの?すっご・・・」
セシリーが開口一番、驚いた声を上げた。
近付いて、長刀でワイバーンの頭をつつく。完全に絶命した巨大な翼竜は、素材を剥ぎ取るだけの宝物へと変貌していた。
バサラは千里眼を使って山頂を見ていた。
実際に見ていて、何が起きたのかが分からない。エフェクトがかからず、動きを止めたワイバーンが麻痺したように震えはじめ、崩れただけである。
『見たか?バサラ。あれが力の片鱗だ』
『あんなことできるのが何人か居るってーの?開発、どういうシステム作ってんのよ?』
『開発内部に何か勝手なことをしてるのがいるんだろうな。誰がやってるかも分からないし、どんな仕様かも分からない。気味の悪い話だ。ただ、実装自体は確認できた。調査は開始しなくてはならなくなったわけだ』
あの手の巨竜種は、一般のプレイヤーが戦おうとすれば、二十人以上のバランスの取れた構成が必要になる。腕に覚えがあるバサラでも、一人で倒すのにはかなりの時間が掛かるであろう。それを、何もせずにただ一撃で沈めた。
『あれ、対プレイヤーにも使えんの?ちょっと行くの気が引けるなー・・・』
『やられても、GM権限で傷病状態は回避してやる。試してくれ』
バサラは髪をクシャクシャといじりながら、歩みを速めた。次第に速度を上げ、腰を落とし、風のように斜面を登り始める。角度は次第に上がりはじめ、山の半分を過ぎた辺りから壁のような急斜面になるが、移動速度が変わらない。
『生かさず、殺さず、それで良いんだよな?』
『それで良い。頼んだよ』
後方にジンが付いて来ているのが分かっていたが、まだ距離が離れている。アレを見せずに済みそうだと判断する。
山頂が間近に迫り始めた。