平行世界のOntologia

著 : 柊 純

act23:新生AngelHalo


 カヤが目覚めたのは、睡眠に入ってから十五分ほどであった。

 少しウトウトしていたかどうかと言う程度で、目覚めもしっかりとしていた。ミシェルの時のように目の下が黒くなることもなければ、疲れがあるようにも感じられない。

 セシリーのキャラクターが倒れる直後、カヤの周囲に浮いていた剣はかなりの数があり、力を制御していたのだろうといった結論に達した。

 本人曰く、感情的に発動したが、発動さえしてしまえば制御が可能と言うことであった。

 発動後に一旦冷静になって、使う量を調整するだけだから、普段から理性的なカヤには楽な話だったようだ。

 今までの事例と違う点があった。

 それは、その場に居たメンバー全員が、カヤの周りに浮いた剣を目視していることだ。

 遅れてきたエレノアとシビラも、数多くの空中剣を見ている。

 この中で、唯一その攻撃を浴びているエレノアが言うには、剣のデザインが違うということ程度だった。

 誰かが、この能力を少しずつ進化させて実装し続けているのだろう。と、纏まった。

 ところで、当のセシリーだが、妙な状態になっていた。

 体力値はどう見てもゼロになっており、身体も動かない。

 が、倒された状態でもなかった。

 体力値ゼロでは機能しない回復魔法が効果があった。体力は平常通りの元にもどったのだが、実際どういうことだったのか?と言われると判断が出来ない状況であった。

 結論が出ないまま、話題は次に移った。

「ヘビ、消えちゃいましたよね」

 ティムが甲板を見上げた。

 単純に死角にいるのではなさそうだ。

 実際に上がってみると、姿は消えていた。全員で探索するも、どこにも居ない。まるで夢か幻かといったレベルだ。

 あの巨体である。小部屋に入るはずもなく、大きな部屋には痕跡すらない。

 セシリーがヘビから聞いた話を展開すると、認められたんだろうなという話になった。

 誰一人として、"カヤが"とは口にはしなかったが、セシリーには深く、その事実が刻み込まれた。

 自身は結局、役には立てなかった。カヤの能力が目覚めなければ窮地に陥っていた。

 表面上はにこやかにしていたが、そのことが心を支配した。

 崩壊したアイデンティティは、ただ無惨に心中を汚しただけである。

 ストーンブレッド解放作戦の時に見えたもの。大勢の仲間の先頭に立つ自分の姿にすがろうと、必死に考えを変えようとしたが、自責の念ばかりが広がった。


 船は予想以上に広かった。

 サイズだけで言えば、朱雀の旗艦と比べて三分の二ほどの中型艦である。(朱雀の旗艦は、イザヴェル史上最大の超大型艦であり、次いで巨大な艦船は玄武で建造されたもので、質量で言えばそちらが大きい。四神ギルドでは競うように船を増やしていて、将来的に艦隊戦をするのではないかと言う憶測が飛び交っている)

 正面にブリッジが付いている以外は、情報が公開されているロステク船と似通っている。

 装甲は厚く、部屋数が多い。

 特殊な砲座は付いているものの、戦闘よりも居住に特化された作りになっているようだ。

 浴室が後部に二つ付いており、航行しながら景色を見て入浴が可能である。

 広い部屋は一つ。それに次ぐ広さの部屋が一つ。両方の部屋は隣り合っている。片方は工房にしようという案が、室内に入ってすぐにティムの口から出てくる。

「そして、工房長はボクに」

 と言ったところで、カヤがバシンと叩くように口を塞いだ。

 勝手に決めると、確実にレンファの何かがある。

「別に良いよ」

 と、猫のような顔をするはずだ。

 その後は、きっとティムが愉快なことになるだろう。それは良いが、飛び火が恐い。

 それ以外には、船員向けの部屋が多数ある。広さはあまりないが、収容人数は今の拠点より多いだろう。

 いくつかサイズの大きな部屋があり、内装も豪華だった。船長や幹部向けに作られたものかもしれない。

 一つだけ牢があり、システム的な無敵空間に設定されている。

 船体はパールホワイトで、翼が描かれていた。船に居た翼を持つヘビがモチーフなのだろうが、ちょうど良いとみんな喜んだ。

 全員がブリッジに集まる。

 セシリーがメニューを開いて、拠点化が可能なのかを確認した。周りは固唾を飲んで待つ。

「カヤちゃん、拠点化できるようになってる!」

 その場に居た全員が沸いた。

 セシリーが恐る恐るボタンを押す。まるで、腫れ物を触るような手付きだ。あまりにも真剣な表情に、みんなが緊張した。

 少し間を置いて、拠点化されたとメッセージが流れ、ゴゥンと船が鳴った。

 拠点用のコントロールパネルなどの設備が何ヵ所かに設置され、初期設定画面が開く。

「ところで、この人乗ってて良いの?」

 エレノアがシビラをつつく。

 遠回しに、「闘いたい」と言っているのだろう。古い付き合いのメンバーはそう判断した。シビラがいると、拠点メンバー以外立ち入り禁止の設定ができないという理由もある。が、エレノアの心は前者だろう。

「それって、やりあいたいってこと?私も、少しあなたに興味あるよ。もしそうなら」

 シビラが目を細める。鯉口が鳴った。

 セシリーが呆れ顔で二人を交互に見て、

「エレノア、青竜に対する因縁?」

 とだけ確認する。

「純粋な強者に対する戦闘欲求」

 と、舌舐めずりをしてみせた。

「同じく~」

 シビラも同じ考えであるようだ。

「じゃ、お好きに。甲板でやってね。壊さないでよ」

 設定は、フレンド、登録ギルド自由入室にする。

 金属のぶつかる音が聴こえてきた。

 心地好く鳴る音は、軽快な音楽のようにも感じられる。それをバックミュージックに、セシリーは設定を続けた。

 設定の最中に、「拠点化すると他のギルド所属の船とは戦うことができなくなる」との注意が表記された。

「これって、ゲームのシステムとしてどうなんだろうね。拠点に対する海賊行為封じなのかもしれないけど、自由度はかなり低くなるじゃない?」

 セシリーは舵をグリグリとさせた。

「私はホッとしたけどね。空中でいきなり撃たれない訳だから。それに、撃たないでしょ?」

 カヤはセシリーの耳を引っ張った。

「べ、別に暴れたりしたいとかはないよ?ないよ?」

 二回言った。

「海賊しようかなとか、少しは考えてたでしょ。弾幕!とか言いたかったでしょ」

「そんなことないよー」

「声が上擦ってる。可愛い顔してもダメ。一方的に悪いことして晒されたりしたら、私泣くからね」

 今日のは、珍しく弱い。

 いつものカヤなら、チクチクと説教でも始めると思うが、今日はそれだけ言って口を閉ざした。

 気を使ってくれているのか、力を使った反動なのか。

 無言になって設定を続けていると、フォンストーンが音を立てた。

 手に取って名前を確認すると、ヒデマサと表示されている。

「はーい」

 いつもの調子で出た。

『お、やっと出たな。今どこに居る?話があるんだが』

 何度か着信があったらしい。

「んーと、空?かしら」

 この世界で空と表現されると、いくつかある空中大陸を想像させる。

 ほぼ手付かずで、ものによっては実装がまだされていない、見えるだけの存在だ。

 唯一実装されているのは南洋に浮かぶ巨大なもので、目視できる中では一番大きい。

 ストーンブレッドの地方をすっぽりカバーできる面積で、まだ端に小さな町がある程度の未開拓ゾーンだ。

『空島?遠いとこにいるんだな。本当は直接話そうと思ったんだが』

「あ、違うんです。えーと」

 カヤを一瞬チラリと見て、

「とりあえずストブレ行くね。天秤の拠点で待ってて」

『分かった。そう言えば、ハイロウの拠点が本店じゃなくなったが、何かあったのか?』

「着いたら説明します。驚きますよ」

 話ながら、ゆっくりと速度を上げてみた。

 ゆっくりにも関わらず、加速がよい。後ろに落ちるような感じを覚えた。昔乗せてもらった男友達のスポーツ車を思い出す。

「それではまた後で!」

 フォンストーンをしまって舵を握り直すと、後ろから扉の開く音が聞こえる。

 振り向くと、肩からザックリと斬られたエレノアと、顔を腫らしたシビラがたっていた。

「どっちが勝ったの?」

 カヤの問いに、二人は無言で互いを指差した。


「こりゃ凄いな。これが拠点になったってことか」

 いつも冷静な老人は、珍しく目を見開いて、ポカンと口を開けていた。

「凄いな・・・」

 何度か唱えるように呟く。

 熟練のソーサラーが呟くと、何かが発動しそうな感じがする。

「船を拠点化するのって、前例がないよね。四神ギルドでかき集めちゃってるからなのかな?造船されてるのは全部確保だし、これみたいに埋まってるのは滅多にないし」

 並ぶカヤは腕組みをして、冷静な意見を述べる。

 ロステク船は、着陸に港を必要としない。

 ストーンブレッド近くの平原に降り立ち、白く目立った船を見て、多くのプレイヤーが集まっていた。

 何人か乗り込もうとして弾かれるのを見ながら、セシリーは仁王立ちで鼻をフンと鳴らしている。

「乗っても良い!?」

 マリーが目を輝かせている。これには理由があり、それはすぐに分かることになった。


 一番広い部屋に、互いのギルドの、ログインしているほぼ全てのメンバーが集まった。

 互いにガヤガヤとして、久々に明るく賑やかな光景を見ることができた。先週は暗い雰囲気があったが、今日はまるで正反対である。

 最初から置いてあった会議卓に向かい合って、両ギルドのマスターが座っていた。

「話し辛いな」

 苦笑いするヒデマサの後ろに立っているマリーが、

「私から話す?」

 と言い、

「いや、一応マスターだからな」

 と返す。

 少し言葉を詰まらせた様子がある。老人風でいつもしっかりして見えるため、不思議な感じがした。

 雰囲気自体は悪いものを感じさせないが、内容を聞けないとそわそわするものである。

「あ、あの、用件が気になるのね。悪い話ではなさそうだけど」

 セシリーがポツリと呟く。と、

「セシリー、急かさない」

「そうだな。急かしちゃあかん」

「急かすなら、俺との仲の進展についてだな」

「急かしても良いけど、結果がなんでもニコニコしてなよ」

「早くって気持ちは分かるよ。俺、インスタントラーメン三分待てねーもん」

 背後からガヤが聞こえる。

 先週、これと似たような光景を見たのを思い出す。

「ハハハッ!セシリーは仲間から愛されてるな!」

 ヒデマサが声を出して笑った。

 雨の代わりに槍が振るほど珍しい光景だ。純白天秤のメンバーでさえ驚きの表情を見せる。

「そう言うもんかしら」

 頬を膨らませたセシリーを見て、ヒデマサも喋りやすくなったのだろう。用件を話始めた。

「それでは、本題だな。先週のことがあったろう?団結して青竜を相手にすることはできたが、ここいら周辺を護るにはもっと緊密に連係していく必要があると思うんだ」

「うん。それはそう思う」

 カヤも隣で大きく頷く。

「牙や、それに、あの猫でさえ内々で話し合っているようなんだが、やはりギルド自身に力が必要だと思うんだ」

 ギルドのメンバーは、増えれば増えるほど特典がある。カヤの千里眼のような能力の他にも、色々な力が付与されたり、ギルド拠点の要塞化がサポートされたりする。

「で、ギルド内で話して、満場一致なんだが」

 ヒデマサは一度後ろを振り向いて、仲間たちの顔を一巡りさせ、それから短く続けた。

「面倒な話は止めにする。純白天秤をハイロウに合流させてくれ」

 言葉は、芯が通っていた。

 AngelHalo側のメンバーがザワザワとした。

 元々近所な上に、仲良くしてきた。が、こんな話は欠片も出たことがない。AngelHaloメンバーは概ね良い反応であったが、人数が増えすぎてしまうことに対する懸念も出た。

 結局は、セシリーの判断に任せると纏まり、部屋中のプレイヤーの注目を浴びることになる。

「あ、うん。えーと」

 セシリーは腕を組んで天井を見て、正面の純白天秤メンバーの表情を確認する。下を向いて呻り、隣に立つカヤを見て、後ろを見回してから再度正面を見た。

「セシリー、何か悩んでるの?」

「ん、そう言うんじゃないけど、タクヤとミシェルが居ないなーって」

「意見聞きたかったの?多分、二人とも歓迎すると思うよ」

「そうなんだけどね」

 二人の関係は、やはりそうなのだろうか。

 もしかすると、現実世界で遊んでいるのかもしれない。

 悔しい気持ちだろうか、二人が見えないことによる不安だろうか、この場にいないことが気に入らないのだろうか。セシリー自身も、おぼろげながらにしか感じることができない。

「私、ハイロウは解体する気はないから、良い言い方じゃないけど、吸収合併になっちゃうよ?それでも良ければ、ウェルカムです」

「・・・成立だな」

 そして席を立ち、セシリーに握手を求めた。

 握り返すヒデマサの手は大きく温かい。

 仮想世界の肉体の体温は、そのプレイヤーの情熱を表すと言う。

 いつも冷静で落ち着きのあるヒデマサが、こんなにも温かい手を持っている意外さに驚きながら、ギュッと握る。

「うん。よろしくね」

 セシリーが歯を見せて笑うと、またその場が沸いた。


 現実の世界は深夜だろう。同様に、イザヴェルも暗くなっていた。船の上から、ストーンブレッドの夜景が見えている。下に見える町並みは美しく、明かりを灯した宝石箱のようにも見えた。

 空から見るストーンブレッドは大きく、その巨大な宝石箱は絶えず瞬いている。腕を広げて大きく息を吸い込んだセシリーは、冷えた空気を体に取り込んだ。

 話が終わってから後、新生AngelHaloは拠点内の荷物を移して飛び立った。受ける風はかなり強かったが、まるで物理計算を無視しているように浮かび上がり、現在の位置に静止している。

 大きな部屋は、並んで鍛治工房、練金アトリエとなり、殆どのメンバーはそこで親交を深めているだろう。

 大騒ぎしている空気が苦手だ。そう言って逃げ出してきた数人は、夜景を見ながら先のことを話していた。

 さすがに副長は立てるべきである、ということ。しかも、規模から言って二名は立てられること。そこが焦点になる。

 ヒデマサとカヤで良いだろう。その意見に、カヤは首を横に振った。

「私は辞退。ガラじゃないよ」

 そんな本人の言葉に、その場の全員が否定の意を表した。辞退の言葉を聞いたヒデマサも、同じく辞退しようとする。が、カヤが口を塞いだ。

「マスターやってた人が、まさか辞退なんてしないよね・・・?」

「他にやれる人物が居なければ仕方あるまい・・・」

 ヒデマサは目を閉じ、深く息を吐いた。

 セシリーが夜景を観ながらメニューを開く。ギルドの設定項目からヒデマサを選択して、シルバーの星印にチェックを入れた。

 ゴールドがマスター、シルバーがサブ。AngelHaloの現在の規模ではシルバーが二名で、その下にブロンズが四名設定できる。更に規模が上がると何色かの色が増えることになる。千名を超えると、マスターの星はダイヤのような宝石素材に変わるそうだ。

 メンバーの中からマリーを選択してブロンズにチェックを入れると、メンバーの中にタクヤの名前を探す。開いて、甲板のメンバーへ顔を向けた。

「やっぱりハイロウ側からも、サブが欲しいな」

 タクヤに。そんな風に気持ちを込める。

 気を引きたいとでも思ったのだろうか。と、自分の気持ちを抑えてタクヤの画面を閉じる。カヤの口からタクヤの名前が出てくれればと念じながら。

 が、予想しないところから言葉が出てきた。

「出身がここんちじゃなくても良ければ、立候補させてくれる?」

 そこには、すっかり顔の腫れが引いたシビラの姿があった。

 青竜の制服を脱いで、赤いチェーンメイルに着替えている。

「答え次第では、今のところは即離脱するよ」

 青竜ほどの巨大ギルドであれば、副長クラスのプレイヤーは数人居るだろう。ギルド的には揺らがないのかもしれないが、 勿体無い話だ。

 メンバーの了解を得る必要や、付き合いの短さも考える。だが、答えは意外にすんなりと出た。それも、自分の感覚だけを信じて。



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