吸血鬼

著 : 秋山 恵

継承



 紗季が目を覚ましたのはベッドの上。酒とタバコの臭いが染み付いた部屋だった。酒の空き瓶ばかりが転がっており、生活に必要な物が欠けているようだ。

 すぐ近くに紗季の着ていた物が干してある。絞ったままの状態で干してあった為、全て皺くちゃになっていた。

 財布やら携帯やらは枕元に置かれており、鞄はベッドの脇に置いてあった。

 何故か下着は着ていたが、他の物は全部乾かしておいてくれたらしい。きっと、そういう理性はちゃんと働く人なんだなと思い、道徳的な意味で関心した。

 どれ位寝ていたのか判らないが、腹部の傷はすっかり消え、疼く程度の痛みしか残っていない。数日間は寝ていたのだろうと思われる。

 部屋の中には他に誰も居ない。隣にも部屋があるが、そちらも同じく無人である。外が暗いので夜だとは思うが、何をしに出掛けているのだろうか。

 とりあえず裸で居るのも気持ちが落ち着かない為、皺くちゃになった服を着た。バサバサになった髪を手櫛でとかしながら、洗面所に向かい、鏡を覗き込む。寝起きだが顔が浮腫んでいたりはしない。

 化粧は落とされておらず、酷い状況になっている。近くにあったハンドタオルを手に取り、頭に巻くと、水で顔を洗った。ウォータープルーフを使っているので、なかなか落ちない。乾いた石鹸を何とか泡立てて顔をもう一度全て洗い流した。

 もう一度鏡を見ると、幼さの残った少女のような顔が映る。

 部屋に戻って鞄から化粧品を取り出し、手際よく化粧をしなおすと、カーテンを開けて外の景色を確認した。

 住宅街が広がっていた。少し離れたところに大きな団地が見える。大体どの辺りに居るのかが分かった。

 扉の鍵が閉まっているので窓から出る事にしようと思い、ベランダから下を覗き込む。1階ではないが、下が土なので降りられるだろう。だが、高いところから飛び降りるのは初めてである。骨の一つも折るかもしれないと考え、躊躇した。

 暖かな風が顔を撫で、髪がはためく。

 身体が頑丈になっているから、きっと大丈夫だろう。そう、意を決して、紗季は空中に飛び出した。



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