吸血鬼

著 : 秋山 恵

挑発



 外に二つのニオイが来ている。

 昼間会った吸血鬼の女と、PCルームで会った教会のハンターだ。それも、好戦的な気配を隠す事すらしない。このままここに居れば、戦いは避けられないだろう。

 いったい、自分がどれだけの相手に狙われているのかも分からず、どこからどれだけ狙われているかも分からない。外に飛び出せば狙撃されるかもしれないのだ。かと言って、このままここに留まっていても状況は変わらない。思ったよりも孤立して戦う事にストレスを感じていた。

 銀髪は自分の嗅覚から、狙撃手が近くに居ない事を予測する。単純に風下に居て近いのかも知れないが、そうであればますます死角は増えるだろう。近くに高い建物はない。

 フローリングにある傷跡を見る。角度から方向を見定めた。カーテンの隙間から外を見ると、信じられない程遠くにビルが建っているのが見える。

(まさか・・・)

 命中しなかったことを考えれば、それも有り得ない話ではない。

 狙撃手が単発であれば、普通に玄関から出れば良い。反対側にも居る可能性はあるが、そちら側は家が隣接していて、出てすぐに遠くから狙撃されることはないだろう。

 外に出るのは、PCルームの男とぶつかる事を意味する。この場に居たところでいつかは仕掛けてくるだろうが、面倒な相手と戦う気にはなれない。

 一対一の戦いでは負けない自信がある。それでも無駄な労力は使いたくない。この場はうまく逃走しておきたかった。

 女の方が動くのが感じられた。部屋の下に近付いてくる。

 男の方は階段を上ってくる。挟撃か、それとも別の作戦があるのか。とにかくこの部屋に留まるのは得策ではないだろう。

 銀髪は、胸ポケットから紙切れを出して床に放り出すと、カバンを閉じるて肩に担ぎ、玄関に走った。外の気配に動揺が走るのを確認すると、内側から蹴るようにして扉を開けた。重たい金属製の扉が勢いよく開き、外側の敵の顔面を強打する。

 部屋の前の廊下に出ると、そこで蹲って顔を抑えている男のこめかみ付近に膝蹴りを入れてなぎ倒す。相手が脳を揺らされてフラついたのを確認してから、1階まで飛び降りた。

「ズン」と重たい音がする。飛び降りた後の膝を曲げた状態で周囲を軽く見回してから、その膝を伸ばす勢いで走り出した。

 と、足元に何かが飛んでくる。瞬間、爆発か何か衝撃が有り、瞬時に目が眩む。耳栓をしたままなのが幸いした。視界が戻ると、それを投げた張本人が目を回して座り込んでいた。

 相手にしている余裕はない。どこからか狙撃手が狙っている可能性もある。

 銀髪はそのまま逃走した。



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