短編集

著 : 会津 遊一

昔の男


「最近」


「何?」


「いやさ、最近平和だと思ってね」


「ああ、そうだねー」


「この平和のまま。事件なんか、ずっと起こらないと良いよねー」


      ※


 最近。


 昔の男が、アタシに復縁を迫ってくる。


 それも執拗に。


 毎日、電話を掛けてくるし。


 毎日、玄関の前で、出社するアタシを待ち伏せしてる。


 ウゼェ。


 マジ、ウゼェ。


 そんなの最悪に等しいじゃん。


 アタシに言わせれば、昔の男ってのは二日酔いみたいなもんだ。


 胸くそ悪くなるだけで、良い事なんて何もないし。


 相手の言葉を聞いてるだけで、頭がガンガンと響くし。


 肌に触れられると、嘔吐感がこみ上げてくる。


 昔の男なんてさ、糞ウゼェだけじゃん。


 その日も。


 いつものようにアタシが家を出ると、また彼奴が待っていた。


 子犬みたいに尻尾を振って、アタシが話し掛けるのを待っている。


 その面を見てるだけで、血圧が上がった。


 一発、ぶん殴ってやりたかったが、早朝なので周囲にはサラリーマン達が駅に向かって大量に歩いている。


 アタシは、チッと舌打ちした。


 どう考えても、こんな往来で殴ったら警察を呼ばれるのがオチ。


 昔の男なんか、無視して歩くのがベターだろう。


 そう思うのだが。


 歩き出すと、アタシの背後から楽しそうに話し掛けてくるのだった。


 この後、何処かにデートしないかとか。


 思いでの場所を探そうとか。


 良いレストランがあるとか。


 ああー、もうウゼェな。


「ちょっと」


 と言って、頭にきていたアタシは足を止めた。


 そしてヘラヘラと笑っている昔の男の、襟首をガシッと力任せに掴んだのである。


「アンタ、ちょっといい加減にしなさいよ! デートなんか、するワケがないでしょ! 昔の男ってだけで、どんだけ思い上がってるのよ!」


 そうアタシが怒鳴り散らすと、昔の男はモゴモゴと何か呟いていた。


 だが、そんな戯言に耳を貸す程、アタシは暇じゃない。


「黙りな! 大体、アタシは平日の昼間ッから女の尻を追いかけているような、だらしのない男は大嫌いなんだよ! 見なよ、他の男はこれから会社に行って働くんだ。汗水垂らしてな! アタシに好かれたいなら、まずは仕事を全うする事から始めるんだね!」


 と言い残し、アタシは颯爽と去っていった。


 聞き耳を立てると。


 付いてくる足音はしない。


 どうやら昔の男は呆然と立ち尽くして、暫く動けなかったようであった。


 その後。


 風の噂によると、昔の男はアタシの言葉に心を打たれ、言われたとおりに自分の仕事に戻って努力する日々を積み重ねているらしい。


 ふふ。


 やるじゃないか。


 男は、そうでなくっちゃな。


 今は無理だけど。


 いつか。


 その内。


 菓子折の一つでも持って、昔の男の顔でも拝みに行ってやろうかね。


 仕事場で、どんなツラしてるんだろう。


 そう考えると、アタシは自然に笑みを作っていたのだった。


      ※


「最近」


「何?」


「いやあ、最近、物騒になったな、と思ってさ」


「そうだねー。立て続けに強盗殺人や誘拐殺人、はたまた痴漢殺人事件なんてのも起こってるしな。イヤな世の中だよ」


「本当、イヤになるねぇ。何も、そこまで人を殺さなくても良いよなー」


「ああ、全くだ。地獄の閻魔様も、ちょっと頑張りすぎてるよなー」



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