秀綱陰の剣・第五章

著 : 中村 一朗

剣聖


 上原城は諏訪湖の南東一里半に位置する、小なりとはいえ堅固な城である。

 かつての城主は諏訪一族惣領家であった諏訪頼重。天文十一年六月二十四日、家督を継いでまだ浅い武田信玄晴信が諏訪の有力土豪たちを抱き込んでこの頼重に宣戦を布告。瞬く間に上原城から放逐してしまった。頼重は近くに築かれていた桑原城に逃れて籠城戦に持ち込もうとしたが、雷風の疾さで攻め込んだ武田軍に抗し切れずに和議を受け入れて七月五日に開城した。この時に助命の約束を取り付けていながらも、後に諏訪頼重は切腹して果てている。武田軍が堺川を越えてから諏訪惣領家の滅亡まで僅かに十日余り。まだ若年であった武田晴信の名を世に轟かせた、十三年前の出来事である。

 当時、惣領家に対して反感を抱いていた高遠の諏訪頼継や諏訪下社の金刺氏に接触して武田との結手を密かに画策した者が、まだ軍師の地位にはいなかった山本勘助であった。

 その勘助が、久しぶりに上原城下に入った。真田弾正忠幸隆との邂逅のためである。

 用向きは二つ。ひとつは、来年以降に再び起こるであろう長尾影虎との川中島での決戦に備えて新たに城を築く地を決定するためである。勘助は、越後の虎が眠っている冬の間に下準備を終わらせるつもりでいた。雪解けを待ち、速やかに城塁を築く。虎が気づいた時には兵を配備できる程度までには是が非でも仕上げておきたかった。そのためには真田幸隆の知恵がいる。幸隆は小県群真田の渓谷にあった松尾古城に生まれ、天文十年の海野平合戦に敗れるまでその地を領していた。真田から川中島までは地蔵峠を越えて約六里。周辺の地利に明るいのみならず、古くから一族と交流のある土地に馴染んだ熟練の石工や城大工の棟梁たちにも知人が多い。築城地の選択にはうってつけの人物であった。これが幸隆に知らせてある勘助との邂逅の表向きの理由である。

 勘助の腹中にはもうひとつの理由がある。

 来年の西上州侵攻のため、幸隆から長野業政の居する箕輪城と周囲の城群及び将兵たちについて少しでも多くを語らせるためである。海野平合戦から落ちのびた幸隆は二年間、業政の庇護下にいた。信玄との和議により業政のもとから逃げるように飛び出して十二年が過ぎた今も、業政への義理は忘れずにいる。信玄もその心根を察して、あえて長野氏に関わる事を問おうとはしない。そんな信玄を幸隆は心底敬愛している。戦では我が身我が一族のためではなく、武田信玄晴信のため、常に自ら最前線に立って戦うのだ。今では真田弾正忠幸隆は信州先方衆の旗頭となり『負けを知らぬ鬼弾正』として豪傑の名を知らしめている。

 信義には信義で、忠義には忠義で答える。武士らしい美談である。だがその結果、軍師である勘助に美談のツケが回り、頭を抱えることとなった。幸隆は箕輪周辺の地理についても十分に知っているにもかかわらず、件の事となるといくら遠回しに問いかけても頑として口を開こうとしなくなる。信玄のためであるから、西上州への侵攻の邪魔はしない。代わりに協力も一切出来ない。無理強いをすれば腹を切ると言い出すだろう。だから勘助は当初、知識は他に頼ろうと気軽に考えた。ところが、これが思いのほか手間取った。西上州を守る鉄の防壁は単に武力に備えるだけではなかった。藁の上に落ちる針の音さえ聞き取り、見つけ出すほどの〃耳と目〃を備えていた。下手な動きを見せれば、すぐに知らせが業政のもとに届く。乱波だけではない。山窩や修験道者など、西上州の山々に張りめぐらされた人の網が全てを捉える。街道宿場はともかく西上州周辺の山中に忍ばせた勘助の手の者のうち、半数近くが消息を絶っている。残りの者たちにしてもまだ、勘助が期待している知らせを寄越してはいなかった。勘助は以前、上泉秀綱の暗殺後に裏傀儡をその任に当たらせるつもりであったが、腹づもりは既に大きく狂ってしまっている。

 勘助が上原城下にある練武場・鬼道館に入ったのは、卜伝が屋敷を去った三日後の昼近くであった。鬼道館の鬼道とは、出家した後の山本勘助の別号である入道道鬼から捩ったものである。修業場というより砦に近い。城下の守備と武田軍精鋭将兵の修業のために十年前に築かれたが、勘助は専ら信州制圧に動いている先方衆との談合に用いていた。

 軍師の行動は隠密を常とする。つき従う供の者は僅かに五人。いずれも正規軍の中でも白兵戦に長けた選り抜きの手馴れである。さらに前後数間を置いて、町人を擬した武田の忍びが二人づつ。弓を携えた浪人風の警護役が一人づつ。一町を置いてその交代に二人づつ。さらにその後方に、俊足の馬を引く百姓姿の忍びが一人。総勢十六名が警護の任に当たる。勘助が甲府を離れる場合の常の布陣であった。その他にもお久が放った十人の乱波が常時影から見張っているのだが、勘助と警護の者たちは気づいていない。

 信玄からの指示であるために拒否こそしなかったが、実のところ勘助はこの警備態勢を疎ましく思っていた。刺客がこの命を求めればいつでもくれてやるぐらいの覚悟はある。謀殺で多くの者たちの命を奪ってきた自分のような者が、暗殺者の刃に怯えて人盾に隠れるなど片腹痛い。またいかに警護を固めようと、手熟れた刺客から逃れる術はないこともよくわかっている。だが勘助は、地蔵の背後から現れた先日の卜伝の姿を脳裏に浮かべて頬を歪めた。生きるも死ぬも天命と悟りきったつもりでいても、いざ死を前にすればやはり怯えるものであることを骨の髄まで知らされたことからくる苦笑であった。

 一行を確認すると、館の門番は無言で扉を開けた。勘助と五人の侍を通すとすぐに閉める。中には既に真田軍の姿があった。幸隆の従者たちは大広間に控えていた。総勢七名。勘助たちを見ると、一様に暗い目を伏せるように頭を下げた。きらびやかな服装の勘助たちとは異なり、獣皮を纏う彼らの出立ちは荒武士というよりも山賊のようである。

 彼らの中から、厳しい顔の小男が進み出た。ぎょろりと勘助を睨むように見上げる。

「お待ち申しておりました。主ともどもでござる」

 言葉の裏に険がある。到着が半日遅れたことよりも、幸隆を待たせたことへの憤慨であった。相手が信玄直属の軍師であろうが眼中にない。吠え狂う犬のような忠義心だけがこの男の全てである。これも武士の理想のひとつだ、と勘助は苦く思う。

 供の者たちをその場に残して、勘助はひとり奥へ向かった。南の回り廊下を通り、一角に枯山水を設けた小さな庭に面する縁側に出る。

 そこに、法衣姿で坊主頭の真田幸隆がいた。幸隆は今年で四十二。勘助とは一回りぐらいの年の差がある。中肉中背に丸顔の穏やかな僧籍者の容姿からは想像し難い類の戦場で受けた十数か所の傷が、単なる真田の跡取りではない猛将であることを証していた。

 幸隆の今の姿にはその面影の片鱗もない。幸隆はひとりぽつんと縁側に腰を下ろし、砂で水面を擬した枯山水の中央にある置岩のひとつを童子の熱心さで眺めている。その視線の先に小さな蛇がいた。石の色によく似た灰色の蛇は、不動のまま幸隆を見つめ返している。勘助も近寄り、幸隆の背越しに蛇を見た。

「こうして見ていると、山を縄張りとしている大蛇の様にも見えまする。しかし岩から下りれば砂に跡がついてしまう。砂紋を崩さずにここを去ることはできますまい」

 振り返らずに幸隆が言い、勘助が穏やかに目を細める。部下の兵たちとは裏腹に、彼らは互いの人柄と技量を認めていた。己の心根に反して他者を裏切らねばならない人の業について、同じ程の深い理解を持つ者同志だから通じ合う信頼関係であった。

「蛇がそのようなことを案じておるとは思えぬ。それよりも、蛇がどうやってあの置石までいったか考えてみてはどうだ。見れば、砂の上に蛇が這うたような跡もない。飛び移るには遠過ぎる」

「恐らく、昨夜のうちに石の上に乗ったのでございましょう。朝、庭番が蛇に気づかずに砂に紋様を描き直してしまえば、こうなりますのでは」

「なるほど…。して、幸隆殿はあの蛇に何を見ておられるのかな」

 少し考え、やがて口を開いた。

「さあ。強いて申せば、拙者自身の姿ではないかと」

 暫く二人は縁側に並んで蛇を眺めていた。やがて幸隆は長刀の鞘を蛇に突き出した。僅かの間、目前の鞘を見つめてから蛇は岩を離れてそれに絡みつく。そしてまた不動の姿勢をとった。幸隆は長刀ごと踏み石の傍らに置くと、蛇は鞘から離れて縁の下に消えた。

「ところで、出城に良い場所が見つかったそうだが」

 蛇の消えた縁の下を見送りながら幸隆が頷く。長刀を手にして立ち上がった。

「どうぞ、こちらへ」と、勘助を座敷に促しながら。

 板敷きの大部屋の中央には、川中島や城などの無数の絵図面が置いてあった。勘助は時間をかけてそれら一枚一枚の隅々にまで目を通した。やがて、

「…海津を選ぶか」と呟いた。

 幸隆が頷く。勘助に視線を向けずに、虚空に微笑んだ。

 海津は川中島から僅かに南東に離れた小高い丘に位置する。越後の春日山城から南下してくるであろう長尾軍の足を止める防衛拠点としては理想の地であった。

「山本さまは見張りの砦ではなく、堅固な城をお望みでございましょう」

「確かにそうだ。無事に仕上がればこれに勝る地はない。だが…」

 勘助の眉間に皺が寄った。懸念は築城中にある。見晴らしの良い丘に建てる以上、隠密裏に進めるわけには行かない。当然すぐに越後にも知られることとなろう。

「築城中の防備は万全を期す所存でござる。この地には既に内清野の屋敷がございます。じっくりと時をかけ、城に変えて行けば工事は目立たずに進めることもできましょう。影虎の精鋭がこちらに来ぬ来年のうちに、おおよそのところは終わらせて見せまする」

 勘助の心中を察したように、幸隆は静かに言った。

「なぜ越後の主力が来年は海津に攻め込まぬと思うのだ」

「その答なら、山本さまの胸にある策中にござるのでは」

「ほう…」と、勘助。次いで、くらりと笑みが広がる。和やかな目を幸隆に向けて。

「許せ。幸隆殿には言いにくかったので黙っていた」

 幸隆は俯いて微笑み返した。その目は遠い昔の遠い土地へと跳んでいた。

「お気づかいなさらずともよろしゅうござる。これも戦乱の世の常というもの。いよいよ晴信さまが、西上州は箕輪の長野業政さまを攻めるご決意をなさりましたのでしょう。だから長尾影虎は西口への肩入れのために、信州への出兵は控えざるを得ない。その間に、川中島に城を築こうと山本さまはお考えになりましたな」

 武田による来年の西上州への進撃はまだ秘中の策である。武将たちの間でも知るものは少ない。まして長野業政の庇護下にいた真田幸隆には、まだ知らせてよい時期ではなかった。だから勘助は此度、幸隆が自らそれを察するように仕向けたのである。未だ多くの兵から不審の視線を受けている幸隆への、勘助なりの気づかいであった。

「無論、幸隆殿はこの地に留まる。城を築き、北に備えてくれれば良い。西上州に行けなどとは、信玄公とて絶対に求めはせぬよ。幸隆殿の信義はわかっているつもりじゃ」

「忝ない。必ず上州での武功でお返し致します」

「では、期待しよう」

 言いながら、幸隆の口調から箕輪の情報については期待出来ぬことを悟った。信玄への忠誠と業政への信義を貫く幸隆には、勘助の駆け引きも通じない。やはり通常の手段で城と周辺の絵図面を手に入れ、調べるしかないらしい。だが、それでも。

「ところで幸隆殿。箕輪の上泉秀綱について少し教えてはくれぬか」

 あまりにも直接的な問いに、幸隆は顔を上げ、ひたと勘助の隻眼を覗いた。

「何を言えと、この幸隆に申されたのでございますか」

 勘助が見つめ返す。有無を言わせぬ冷厳な視線が、幸隆に箕輪の事を問わぬ代わりに上泉秀綱について知る全てを語るように促していた。

「わしが暗殺しようとした下柴の城主上泉秀綱について、お主が知っていることを教えてくれと請うておる。以前、秀綱と何らの交流があった事は承知の上だ」

「拙者を箕輪への攻撃に加えぬ代わりに、秀綱さまの暗殺に手を貸せと」

「いや、もうその気はない。代わりの懸念が生じたのだ」

 勘助は乱波による秀綱暗殺未遂の状況と今日に至るまでのことを手短に述べた。

 その間、幸隆は石像のように動かなかった。それでも目の奥で、勘助に対して剥き出した凶暴な獣の牙が一瞬キラリと光り、すぐに消える。

 そして僅かな沈黙。後、幸隆は口を開いた。

「陰流…。そのような流派であったとは知りませなんだ。当時は、秀綱さまの弟子たちさえも上泉流兵法と思っておりましたようでございましたが」

「今でも変わらぬ。ところで、上泉秀綱とはどのような人物かな」

 幸隆の視線が床板に落ちた。そのまま言葉の意味を確かめるように呟いた。

「あのお方は、剣聖でござる」

「剣聖…」

「左様。恐らく今も、剣に人を斬る以上の力を求めようとされているのです」

「陰流に纏わる力のことを言うておる訳ではあるまい」

「いいえ。そのような世迷事ではありませぬ。力は秀綱さまの中にござる」

「将としての器量に恵まれておると」

 幸隆は首を横に振った。

「あのお方に野心はござらぬ。また、人を己の意に従えて動かすことなど望んではおられませぬ。ただ鬼神のように強いだけでござる。だが、その強さが人を動かしてしまいまする。拙者が武田の陣に組する決心が出来たのも、あのお力に縋ってのこと」

 勘助の眉間で皺が深くなる。幸隆は先を続けた。

「十二年前、山本さまを通して初めて晴信さまからお声をかけて頂いた折、箕輪に身を寄せていた拙者は迷いました。晴信さまに従い、真田の家を武名で再興したい。しかし、いずれ西上州に攻め込まれるであろう晴信さまに仕えることは、大恩ある長野業政さまを裏切ることになりまする。武士として、人としていずれの道を選ぶべきかと一晩考え抜いた挙げ句、幾度か剣の指南を受けた秀綱さまに真剣による試合を挑む決意をいたしました。試合を申し込んだ時、秀綱さまはじっと拙者の目を見ながら承諾して下された…」

 ほう、とため息をつくように身じろぎながら勘助が呟いた。初めて聞く話だった。幸隆が武田陣営に入った経緯については、ずっと沈黙を守っていたのだ。

「お主、上泉秀綱に斬られて死ぬつもりであったのだな」

「浅知恵でございました。九分九厘、斬られるものと覚悟を決めておりました。拙者の死で秀綱さまに迷惑のかからぬように業政さま宛てに遺書までしたためまして。ですが、剣の腕では遠く及ばない拙者が万に一つ秀綱さまに勝ちをおさめる事が出来れば、それこそ運命。すべては天命に従うつもりだったのでございます。そして拙者と秀綱さまは人知れず払暁に立ち会い、結果、拙者はひと太刀も返すこともできずに破れました。それで、死すこともなく心の赴く道を選ぶことができましてござる」

「だが、上泉秀綱は幸隆殿を斬らなかった。その甘さが人の道か」

「いいえ。斬りました。一切の手加減なく、初太刀で両断されるところござった。多くの戦場で死線をくぐった今をしても、あれほど近くに冥府を感じた事はござりませなんだ」

「それをかわした、という訳か」

 勘助は静かに言った。三日前のあの卜伝の剣気を思い返しながら。

 視線を床に置いたまま、幸隆が頷いた。

「恐らく。正直、よく覚えてはおり申さぬ。いや、あるいは手を抜いて下さったのやも知れませぬが、少なくとも拙者は恐怖を前にして必死でござった。気づいた時には剣も脇差しもへし折られておりました。お陰で未熟さを思い知りました。天命などと片腹痛い。己など俗物に過ぎぬと骨身に染みましてございます。あのような鬼神の剣を見れば…」

 恐ろしげな言葉とは裏腹に、いつの間にか幸隆の顔には懐かしさが浮かんでいた。

「それで、心の赴くままに生きる方を選ぶことができたのだな」

「心を覗く鏡を見せられる思いでございました。顔に書いてあった望みを見つけまして、その日のうちに身ひとつで一族を連れて甲斐に逐電いたしました」

 それで納得出来た。十二年前、甲斐に来る前後での真田幸隆の変わり様がである。

 勘助が幸隆に接触した頃、決して今日の豪傑の姿を想像できなかった。国領を失う敗戦の後、二年に渡り異国の盟主に頼らざるを得ない無念の思いが幸隆の人物を小さく変えていたのだ。勘助の当時の本音は、箕輪の情報を期待して幸隆を誘ったのである。

「幸隆殿は、上泉秀綱が剣に人を斬る以上の力を求めていると言われたな」

「はい。心の闇を斬る剣の力。それが、秀綱さまの意とは関わりなく人を動かしてしまいます。己の真実に気づかせまする。それ故、陰流なのかも知れませぬな」

「それ故、陰流か。些か小賢しい話だ。剣は所詮、斬人のための武器に過ぎぬ」

「左様。戦場での武器は多くの敵を倒せればそれで良い。大抵は、剣よりも槍が役に立ちまする。しかし、いずれは槍も鉄砲に取って代わられてゆきましょう。離れて人を殺せる種子島が槍のように当たり前に用いられるようになれば、兵どもは殺人に痛みを感じなくなるやも知れませぬ。だからこそ武士が武士であるため、剣に心を求めねばなりませぬ。人を斬った者は斬られた者の怨念を背負う重責がござる。拙者の剣はそれを肝に銘じるためのもの。そう思うように至りましてございます」

 上泉秀綱がこの男を変えた、と勘助は理解した。いや、目覚めさせたのだ。二年に及ぶ負け犬の日々を終わらせたのは秀綱との立ち会いによる死との直面であった。

「上泉秀綱という人物、箕輪にとり両刃の剣であるかも知れんな。秀綱がおらねば、今のお主はいない。武田の闘将・鬼弾正は生まれなかったであろう」

 幸隆は少し考え、頷いた。

「恐れ入ります。それもあのお方が剣聖であらせられる証でございましょう」

「なるほど…」

 勘助は立ち上がり、縁側から庭を眺めた。先程の蛇がいた。枯山水の砂礫の上に跡を残して、砂海の小島をを模した岩に向かって這っていた。

「して、どうなさるおつもりでございます」

 勘助の背に幸隆が声をかける。いかなる感情も読み取れなかった。

「何もせぬ。が、わしの師匠が上泉に向かっておる。今ごろはまだ佐久あたりじゃ」

「塚原卜伝高幹さまが、箕輪に…。秀綱さまに会うためでございますか」

 咎めるような視線が勘助の背を貫く。勘助が振り向いた。

「そうだ。師匠は秀綱に会いに行った。わしが師匠に求めたのではないが、師匠と秀綱を会わせてみることを望みはした。だから、手土産を師匠に託した」

 勘助は再び庭に目をやった。蛇は岩根にたどり着いていた。

「あのお二人が出会えば、どうなりましょう」

「さあな。わしらのような俗物には解らぬ。出来れば、見たいものだ」

 幸隆には勘助が何を見たいと望んだのかは解らなかった。あえて問う気もなかった。

 庭では蛇が岩の頂部にたどり着き、先程と同じ所で同じ姿勢を作っていた。

 蛇もまた帰るべきところに帰ることを知っているのだと、勘助は漠然と思う。



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