吸血鬼

著 : 秋山 恵

継承



 真夏の日差しは、白い肌に激しく、鋭く突きささる。

 ただでさえ紫外線に弱い身だ。何もしていないと、肌がチリチリと焼けるような感じがしてしまい、終いには痛みを伴った。

 日焼け止めをしていれば防げるようだが、素のままにすると、白い肌は二十分程度で真っ赤になってしまう。回復も早いのですぐに白く戻るが、その状態で外を出歩くのは、人目を考えて難しいと思っていた。

 予報では晴れとなっているから、日中は出歩く事をやめようと決める。

 出発は日が傾いてからにして、それまでは家事をしたりテレビを見たりして過ごした。

 その間、常に何かを食べ続けていた。

 紗季はよく食事をしたが、行動自体が人間の時の名残のようであった。空腹等はそもそも無かったが、長期間食事をしない事で力が入らなくなる事も分かった。飲む血の量が少ないからかもしれない。が、食事をする事で体が正常に動くのだから、必要以上に血を摂取する必要はない事を知った。

 外の景色がオレンジ色に染まる頃、紗季は出掛けた。

 空気はまだまだ熱を帯びていて、植物の葉が薫っていた。鳴き続ける蝉の中にツクツクホウシが混じっていて、夏の終わりを予感させる。

 買い物帰りの主婦とすれ違い、帰宅途中の学生を避け、駅に着く頃には空の赤みはすっかり落ち着いていた。

 以前住んでいた街へ行くのには、電車で一時間以上かかる。タイミング良く来た電車に飛び乗り、ガラガラの席に腰を下ろす。帰宅ラッシュで混んでいる電車を、空いた反対側の上り線の中から見た。その違いが、普通の人間と紗季の世界の違いのようにも感じられた。

 よくよく考えてみれば、今は居候の身である。そろそろ何らかの収入は得なければならないだろうなと思い悩む。

 貯金は多い方だったが、無尽蔵に湧いて出てくる源泉とは違う。

 電車を何本か乗り換えた。

 帰宅ラッシュに巻き込まれ、蒸し返す列車の中で揉みくちゃにされていると、近くに居た若い女性の首筋が目の前まで近寄ってきたりして、何度か唾を飲み込んだりもした。

 懐かしい駅に到着すると、紗季は早足で外に出た。満員電車の中に居るのは思ったよりも我慢が必要なものだったから、次は避けようと心に誓う。

 吹き出す風に押し出されるようにして地下鉄の階段を上がりきって外に出ると、夏の終わりでも意外な程涼しい外の空気が待っていた。湿り気が強いから、もしかすると雨が降るかもしれない。

 街並みはあまり変わらず、駅前の閉まっていたゲームセンターがコンビニになっている以外は、引っ越す前の風景を維持している。

 商店街を見ながら辺りを散策する事にした。

 駅の外に出たところから、人間ではない別の気配を感じていた。ただ漠然と感じるだけで、どこに何がいるかまでは分からない。どれだけの数が居るのかも分からない。ただ、それ程多くはないとも感じる。

 どこへ行けば会えるだろうか、それを考えながら足早に夜の住宅街に踏み込む。

 エアコンの室外機の音と、アスファルトからの熱気。

 住宅街の奥へ奥へと歩いて行く。

 初めてエレナと出会った駐車場の前に来ると、以前この辺りに住み着いていた猫の姿を探す。視界に入るところには居ないが、どこか周辺に気配がする。自分の事を怖がって出てこないのだろう、そう考え、少し立ち止まっただけでまた歩き出した。

 近くのコンビニに立ち寄り、少し雑誌を読むと、儀式的にアイスを買って外に出る。

 近所の家から聞こえてくる子供の笑い声に釣られるようにして微笑むと、アイスを頬張りながら後ろを振り向いた。

 少し前から何かが同じ距離を置いて付いて来ている。二人、もしくは三人か四人か。

 同族の気配ではない。しかし、殺気も放っていない。無感情である事が伝わってくる。

 ヒールを脱いで全力で走れば逃げ切る自信はあったが、そのまま歩き続ける事にした。

 相手が出てきやすいように、広めの公園に入ると、ブランコに座って現れるのを待つ事にする。視界の中に人の姿は見えない。

 アイスの棒を咥えたまま、離れた所にある街灯の光の下をずっと見る。その向こうにある曲がり角の影で気配は止まっていた。先ほどとは一転して、困惑した様子が感じられた。

 夜の住宅街にアブラゼミが騒音を立てている。その中、後ろからの足音が混ざっていた。先ほどの隠れている相手の気配は動いていない。

 足音は紗季の後ろで止まり、背中に何か筒のようなものが押し当てられた。

「何故逃げなかった?」

 若い男の声だ。

 落ち着いた声色から、相手が自分に対して恐怖感を全く持っていない事を理解する。

「逃げないわよ・・・。わざわざ何かを探しに来てるんだから」

「何かとは、何だ?」

「んー・・・、兄弟、かしら?」

 紗季の言葉に、背中に押し当てられた筒が離れた。気配が少し右後ろに下がっている。

 紗季は振り向かない。

 正面で隠れている気配が、今度は殺気を放っている。多分これはまた別の人間だ。目を逸らしたくなかった。それとは別に、後ろの気配は全く殺気を放っていない。

「・・・隠れてる人、私の事狙ってる?」

「そうだな。きっとお前の眉間に照準があってるだろう」

「絶体絶命ね」

「そうだな」

 空気が重苦しくなってきた。

 こんな状況に置かれたら、エレナはどうするだろう。紗季は正面の気配に集中しつつ、次の行動を思案した。

 血が騒ぎ出す。荒れ狂うように鼓動が高鳴り始めた。緊張ではない、何か喜びを持って動いている。吸血鬼の血か・・・。紗季はそれを思いつつ、ブランコを立った。



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