吸血鬼

著 : 秋山 恵

調査



 時は少し戻り、沙季が遼二の部屋に入る頃。

 エレナは、冷房も入っていない蒸し暑いセーフハウスの中で壮介の持ち込んだアイテムを物色した。

 好みは考えないことにしていたので、銃火器も並べ、弾が多く装填出来るような、手数を増やせるような物を見繕う。

 エレナは姿を眩ましていた間の話はしなかった。壮介も、それに対して追及する気もなかったし、聞いたところではぐらかされると思っていたから黙っていることにしていた。

「あまり武器になるものがなくて困ってたの。本当に助かりました」

 そう言って壮介の方を見るエレナの表情は柔らかかった。

 こうして見ていると普通の若い女性と何も変わりがないように感じられる。

「それは良かったなー。役に立てて良かったよ」

 平静を装っているが、少し棒読みに近い気もする。

 エレナの知っている壮介とは違うように思えた。いつもと違う壮介に違和感を覚える。少し相手の事を良く見てみようと思い、神経を集中させた。

 相手の感情を探るのは、複数の縫い針に一度に複数の糸を通すような集中力が必要だった。恐らく、能力があったとしても、普通の人間に出来るような芸当ではない。

 動きを止め、ジッと相手を見る。それに気が付いた壮介が怪訝そうな表情をした。

「なんだよ、凝視するような変な顔してるか?」

 喋り口調の軽さとは別の何か暗いものが感じられる気がする。

 たまに思い出したように怒りを発しているように見えた。忘れようとしては思い出し、それを考えて怒りになる。そんな様子がうかがえる。

 とにかく、壮介の心中は穏やかではない。

 せめてもの恩返しとして話くらいは聞かなくてはいけないと思った。

「何かありました?私関係ないことかもしれないけど、話は聞きますよ」

 心を読まれたような不快感に壮介が表情を変える。

 エレナが読心術なんてものが使える訳がないのは分かっているのだが、全て見透かされているような気持ちに不安に近い感情を持った。

「顔に、出てたかな?」

 苦いものでも食べたような顔をして、頭をポリポリと掻く。

「少しだけですけれど」

 そんな事は無い。顔には何も出ていなかった。だが、話がややこしくなるのでそういう事にした。

 優しく肯くエレナの顔を見ながら、壮介は話すかどうか迷った。仲間が全滅させてしまったことについて後ろめたさがあったためだ。

 それに、話したからといって気持ちが晴れるわけではない・・・、とは思いつつも全て話してしまいたい気持ちにもなっていた。

「いつも迷惑ばかりかけてるんですよ。話くらい聞きます」

 そう言ってエレナは壮介の額に自分の額をくっ付ける。相手の額は熱かった。熱っぽいのではなく、エレナの体温が普通よりも低いからだろう。

 まいったな。と言った顔で壮介は話を始めることにした。

「・・・つい最近の事だ」

 壮介はエレナの目を真っ直ぐに見た。

 色素の薄い瞳に、心が折れそうな顔をした自分が映っている。

「一つの依頼が入ってきた。とある山中に大きな獣が出たって話で、その近辺の人が何人か襲われたらしい。死人も出たって話だった」

 この場合の獣は野獣の類ではない。壮介が追うものはオカルト的なものだ。

 間違いなく、獣は妖獣の類だろう。

「まず調査に向かわせたのが後輩の女性だった。組織の人間も甘く見ていたし、勿論俺もそう見ていた。だが、翌日同じ依頼元から連絡があったんだ。惨殺されたよ・・・、とだけ。後輩ではあったが、優秀な女だった。だから驚いたよ」

 壮介の中にはまだ何とか平常心が残っている。それはすぐ傍に居るエレナにはよく分かった。

 心の中にある怒りは後輩の女が殺された事が原因ではない、その先にまだ何か大きいトリガーがある。

「俺は申し出たよ。そして数人のチームを組んでそこに向かった。集まったのはみんな若くて、俺から見たら頼りなかったから、・・・移動中は終始不安だったよ」

 表情の曇り具合からは、今の話の中に原因の一端を感じる。

 一人、もしくは何人か以上の死人が出たのだろう。

 その罪の意識と、仲間を殺した相手に対する憎悪が渦巻いている。根本は別にありそうな気もするが、そんな具合ではないだろうかと、エレナは考えた。

「で、現地に入って調査を開始した。行ったその日から2日は痕跡らしいものも見当たらなくて誰も追えなくてな、時間が掛かると思った。メンバー全員もそう思っていただろう」

 壮介が上を見上げた。

 見えないが、もしかしたら目に涙が溜まっているのかもしれない。こぼれないように、上を向いているのか、仲間を想って空を仰いでいるのか。

「みんな油断していた。だが、奴は意外にも早く・・・、3日目の朝に現れた。銀色の人狼だった」

 銀色の人狼・・・、エレナの中で何かが繋がった。

「そいつは、何もかもを殺していったんだ。そう・・・、その場に俺が居たにも関わらず、若い連中を皆殺してしまったんだ」

 銀色というキーワードと、自分に近い力を持つあのハンター。自分の相棒を置いて逃げて行った傷ついた強敵。

 壮介は関東甲信越地方に配備された狩人だ。となればエレナが銀髪のハンター達と戦っていた場所も範囲内ということになる。

 間違っていても良い、口に出さなければ繋がるものも繋がらない。本当は、全て聞いてあげるべきなのだが・・・

 壮介の次の言葉を遮り、続きはエレナの口から出た。

「それは、山梨の奥の方。そして、その人狼は手負いだった・・・」

 エレナの口から発せられた言葉に壮介が目を見開く。

 やはりエレナは読心術を使えるのか、そうとすら感じていたろう。

「なぁ・・・、心でも読んだのか?それとも何か知ってるのか?」

 狼狽する戦士の表情はまるで幼子のようにも見える。

 不安と驚き、そして混乱がゆらゆらと立ち上っているようだ。心拍も上がりだした。

「その人狼は多分、私を追っていた銀髪の、教会のハンターだと思います。私もその頃、山梨の奥地に居ました。罠にかけたから相当大きな怪我をしていたんじゃないかと思うのだけど」

「それじゃ・・・」

「きっと、間違いないだろうと思います。日本で生息するはずのない人狼が、そんなに複数個所に出没するはずがないもの。もう分かったと思うけど、私はその人狼を追いかけて戻ったの。今度は確実に倒すつもりです」

 つまり・・・

 壮介の中に疑問が湧き上がった。

 教会は人狼を狩るものだ。吸血鬼と同様に。

 その人狼がハンターの立場としてエレナを追っていた。教会内部にある、何らかの背信行為を意識せざるを得ない。

 しかも、その人狼が壮介の仲間をも殺している。

 明るみに出れば何か大きな、組織同士の信用問題に大きな傷を付けることだろう。少なからず協調してきた色々なものが崩れ去るだろう事を想像した。

 どう事実を突き止めるべきなのか、突き止めたとして、どんな風に報告をすれば良いのだろうか。

 呆然としている壮介の頬にエレナが手を添えた。

「ごめんなさい。私が逃がしたせいで・・・」

 エレナ自身、自分でも取って付けたような台詞だと思いながらも、そう言った。

 壮介はエレナの冷たい手を優しく握ると、そっと頬から離す。

「いや、甘かったんだ。多くの関係者の甘さが生んだ事なんだよ」

 エレナの手を握る壮介の手に力が入る。

「頼みがある」

 目には何らかの力が生まれていた。

「この戦い、俺にも参加させてくれないか」

 芯の通った声だった。曲げる事が難しい鉄芯のように感じる。

 今回はエレナも断る理由がなかった。

 いつもはただ迷惑をかけているだけだと思っていたが、今日の壮介には“弔い”と言う大義名分がある。

「足、引っ張らないでくださいよ」

 笑顔で返事をするエレナに、壮介も笑顔で返した。

「俺を誰だと思ってる?」

 久々に、壮介の中の狼のような何かを感じた。それを人狼にぶつける、面白いことかもしれない。



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