吸血鬼

著 : 秋山 恵

調査



 遼二は教会のハンター向け支部の地下にあるPCルームに篭っていた。

 今、彼は昨夜の話の審議を問う為、構内のイントラネットにあるデータベースにアクセスしている。

 灯りも付けずに暗い中、一心不乱に情報を貪った。

 その中には、信仰に関するものだけではなく、膨大な量のハンターに関する軌跡が保存されている。

 冬に起きた戦いについても詳細が記されており、その相手についての対処は一旦保留となっていた。

 望遠で長距離撮影されたのだろう、エレナの写真が載っている。ぼやけていて、体格や髪型、服装といった程度のものしか分からない。それでも遼二の脳裏には、これだけ時が経ったにも関わらず鮮明にエレナの顔が見えた。

 データベースには戦闘に関する細かな情報まで載っており、その当時参加した精鋭達とその輝かしい経歴を見る事が出来る。

 遼二の目からしても、その精鋭達の経歴は素晴らしいものばかりであった。

 どのハンターも40以上の吸血鬼をはじめとした物の怪の類を仕留めており、それ以外にも悪魔祓いを多く経験しているような連中ばかりだ。

 出来れば一度手合わせ願いたい、等と考えながらページをめくり続ける。

 彼らの仕事を追うと、やはり一筋縄ではいかない相手もいたらしい。そういった時には必ずある単語に行き着いた。“Fang”・・・、しかしそれが何を意味しているかが分からない。

 だが、内容から察するに、その“Fang”に、誰かが何らかの要請を行っている。そして、要請を行っている主は担当のハンターとは別に居るようだ。

 それらの主にはどれも特別な神職の権限を持つ人間ばかりが名前を連ねていた。

 権限を持つ者達は全て古くからのハンターの血筋である。特定の条件化に置いて仲間への命令権を持つ特別な人間に限られていて、遼二の近くで言えば里見がそれに当たったと記憶している。

 どこが始まりかは知らないが、一族全てが先祖代々ハンターを家業にしている。

 遼二のような、当代から参加したハンターにはよく分からないが、かなり偉い立場に立っているらしく、時によって支部長クラスの人間を上回る権限を持つ。

(この謎の単語は里見に聞けば分かるのか・・・。だがその前に、教会が飼う人狼だ。居る筈もないだろうが)

 数時間PCに噛り付いていた遼二は、ようやく休憩に入ることにした。

 構内はアルコールが厳禁であるため、販売機に紙コップのコーヒーを買いに行く事にする。

 PCルームは、PCごとにパーティションで区切られている。大人の背より少し低く、立てばギリギリ頭が一つ飛び出る程度の高さだ。

 照明が点いていなかったので誰も居ないものだと思っていたが、遼二が立った時、フロアの正反対の位置に別の誰かの頭が見えた。

 銀髪の外人のようだ。

 この建物には色々な国の人間が立ち入るが、遼二は見た事のない顔である。

 元々ここへはあまり出入りをしない遼二だったが、いつも出入りしている人間は概ね顔を知っている。

(例のFangに関係する人間だったりしてな・・・)

 自分の単純な考えに若さを感じ、フクザツな気分になる。

「バカバカしい・・・」

 銀髪の男も目的は同じだったようだ。自販機の前でばったり出くわす。遼二が先に目の前に立ったが、何にするか決め兼ねていたので順番を譲った。

 銀髪は会釈も何もせず遼二を一瞥すると、コーヒーを購入する。

(感じの悪い奴だ)

 とは思いつつも、突っかかる気にはなれなかった。

 相手から感じる雰囲気がまるで、大自然の中で狩りをする野獣のようだったのだ。そんな奴と、準備も無く喧嘩をしたいとは思わない。

 他の人からすると遼二も人の事は言えないのだが、銀髪には愛嬌の類が全く無かった。よく物語の中に登場する感情の無い戦闘兵器のそれを想像させた。

 いや、銀髪にも感情はあるのだろう。

 怒り、欲望、闘争本能、そういったものだ。そして、それはどこからともなく発揮されているようでもあった。

 コーヒーを取り出した銀髪がまた遼二の方を振り返る。

 相手の体、肌の露出している部分には信じられない程多くの傷跡がある。

 切り傷などではない。飛び道具を受けた時についた傷跡だろう。

 それにしても多過ぎる。戦闘回数が異常なのか、それとも一度に受けた傷なのか。同じような形をしていることから全て同時期に受けたように見受けられたが、もしそれが本当なら、今ここで生きていることを証明が出来ないとさえ思える。

 遼二は銀髪の筋肉の量を見て、力と力のぶつかり合いではまず勝てないだろうと感じた。

 スピードでは負けないかもしれないが、一度掴まれたら逃げられる自信はない。

 鋭い眼光に気圧される様な何かを感じ、遼二は道まで譲ってしまった。

 銀髪はすれ違う際に見下したような態度を取り、遼二は鼻で笑われる。

 次に遼二が自販機の前に立つと、パネルにはいつもの“虎”ではなく、街中を逃げ回る“野良猫”のような顔をした自分が映っているように見えた。

 遼二は、1対1の戦いであれば地域では最強と謳われている。それが、今の銀髪相手に下に立ってしまっていた。

 虚勢すら張らずに。

 そして、今は冷房が効いたフロア内で汗をかいている。

(情けないやつめ・・・)

 自分を叱責し、自販機映る自分を睨み付けた。

 が、相手の後姿を見るために振り返る気持ちにすらなれない。

 自販機に小銭を投入する手は震えてはいなく、コーヒーを取り出す手も、それを持って席に戻る間も普通であった。

 席に座った後は、少し放心しているようにも見えるくらいにジッと同じ部分を見ていた。

 もし何かあって戦う事になったら、どう戦うのか。

 同じ教会関係者であるはずの相手を倒す方法を真剣に考えていた。

 その矛盾に気が付くまでの間、暗いPCルームの光る四角い画面を見続けた。

 何度も頭の中でシミュレーションを重ねる。

 相手の力量を見誤っていなければ、条件の合った武器とスピードで自分が上回るだろう予想を固める。

 武器は、銃やボウガンのようなものではダメだ。あんなものを身構えた相手に当てる自信は遼二にはない。頭の中では正々堂々と正面から戦っているところしか思い描けないようだ。

 使うのであれば、日本刀のようなある程度長い刃物が良いだろう。そう辿り着いた。

(いつか戦ってみたい。もしかするとあの女より面白いかもな・・・)

 画面上のエレナのぼやけた写真を見ながら、遼二はコーヒーをすすった。



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