短編集

著 : 会津 遊一

めんどくさい女


 最近、同棲を始めて分かったのだが、俺の彼女はヒジョーにめんどくさい。

 例えば、デートの食事。

 普通なら、そこそこ有名なレストランに予約をして、そこそこ美味しければ文句はないと思う。

 だが、彼女は違った。

 まず食材は自然食品のみが許され、料理を運んでくるウエイターには皿を直接触らせないようにゴム手袋を着用させるのだ。

 そして彩りの野菜に中国製の食材が使われてるだけで退席するし、俺がフォークやナイフの使い方を間違えるだけで舌打ちされた。

 着席前は除菌スプレーと除菌テッシュで全てを掃除するし、退席後はトイレで身嗜みを整える彼女を2時間待たなければならない始末だった。

 ヒジョーにめんどくさい。

 しかも、前もって俺が全品の食べ比べをしなければならないのだ。

 味、食材、お皿を運んでくるタイミング、BGM、ウエイターの教育、店の薫り、デザイン等々の項目を調べさせられ、そのデータを後で彼女に提出しなければならない。

 これがまた、ヒジョーにめんどくさい。

 俺はなんかは、そこそこ雰囲気があり、そこそこ美味しく、そこそこ楽しめれば良いじゃないか、と俺は思ってしまうのだが、彼女には妥協という文字は一切無かった。

 こんな、めんどくさい話しが俺の日常には溢れていた。

 例えば2人で住むには十分なスペースが合ったというのに、俺の部屋割りが気に食わないという理由で更に広い部屋に引っ越しさせられ、レイアウトを彼女好みに変えられてしまった。

 そのお陰で、貯金はゼロ。

 俺は外資系の証券会社に勤めているので多少の蓄えはあった筈なのだが、それも殆ど使い切ってしまった。

 今ではショールームのように綺麗すぎる部屋に2人で住んでいる。

 無論、汚れるという理由でコンビニで買った漫画や雑誌なんかを持ち帰るのも禁止されているし、飲みかけのビール瓶をテーブルに置いておくなんてのもダメ。

 更に、味噌や醤油のニオイはカーペットやカーテンに付着するという理由で、冷蔵庫に置いておく事さえ厳禁なのであった。

 俺だって家で寿司が食いたい時だってあるし、味噌汁が飲みたくなる時だってあるっていうのに、彼女は許してはくれなかった。

 そして、トドメは彼女との会話だ。

 口を開けば女性の地位向上やら男のダメな所ばかり話し、男社会で頑張っている女の賛辞が始まるのである。

 しかも、必要以上に。

 少しなら良いけど、四六時中も愚痴っぽい事を聞かされているのは俺としたら堪らなかった。

 と。

 まあ、書き出したりしたらキリがないので止めるが、彼女はヒジョーにめんどくさい女ではある。

 普通なら付き合いたくないし、側にいるのさえ躊躇ってしまうだろう。

 ただ、彼女は飛び抜けて美しかったのだ。

 まるで一晩で1000万を稼ぎ出す高級娼婦のような色香があり、一緒に町を歩くだけで直ぐにスカウトのような男達が群がってくる事も屡々だった。

 隣を歩いている俺としたら気分はサイコーだ。

 しかもスカウトされる度に、彼女は彼氏と一緒に居る時間が大切だ、と言って断ってくれるので、俺としても気分が良かった。

 有名女優に愛される男のような特権が与えられたようで心地よかった。

 そして彼女のスタイルはファッション誌に掲載されても可笑しくないぐらい豊満でありつつも、それに甘える事もないぐらいセックスの腕も確かであった。

 なんどやろうともマンネリすることはなく、男の俺を真剣に愛してくれた。

 と、まあ、ヒジョーにめんどくさい女ではあるが、その美貌と夜の腕がある限り俺は彼女と別れるつもりはなかった。

 そんな、ある日。

 彼女が突然、山にハイキングに行こうと言い出したのだ。

 なんでも、マイナスイオンとか有酸素運動がどーたらとか、テレビで健康に良いと言っていたので、私もやりたいという事であった。

 俺としても断る理由は無いだろう。

 ただ、不意に彼女が変な事を言い出したのである。

「ねぇ、保険に入っておきましょうよ」

「保険?」

「ええ、そう。もし山で事故にあったら大変でしょ。その時に供えて保険に入っておきましょう」

 と言ってる彼女は優しい笑みを浮かべていた。

 俺は少し大袈裟なようなきもしたが、彼女の言うとおり保険に加入する事にしたのだった。

 あくまで、軽い気持ちで。

 まさかハイキングぐらいで事故に合うとは思っていなかったし、保険金の受取人を彼女にすれば喜んでもらえると思ったのだ。

 が。

 俺は死んでしまった。

 ハイキングに出かけ。

 そして山谷の崖に立った時、彼女に背中を押されて。

 まるで石ころのように下まで一直線に落ちて、そのまま死んだ。

 俺は彼女に殺されたのだった。

 事件発覚後。

 ハイキング途中で2人っきりという状況だったので、警察は彼女の事をいの一番に疑ってはくれた。

 ただ、彼女には殺した証拠と動機が無かったのである。

 山上だったので目撃者は無く、軽く押されただけなので物証も無い。

 俺の保険金は受け取りを拒否したし、貯金は使い切ってしまったので金銭的な利益は全く無い。

 喧嘩した事も無ければ浮気をした事も無いので、男女関係のもつれでも無い。

 俺達が争う理由は無かった。

 結局、警察に疑われはすれど、彼女が逮捕される事はなかったのである。

 やがて俺は、事故死って事になった。

 それから数ヶ月後。

 彼女は友達と暢気にコーヒーを飲んでいた。

「ねぇ、聞いても良い?」

「何」

「アンタさ、なんで彼氏を殺したのよ」

「ふふ、理由が分かる?」

「まさか彼氏の愛を独り占めする為に殺したっていう、猟奇的な奴とか」

「あはは、ぜんぜん違うわよ。当然、お金の為」

「……あれ、でも彼氏の財産は無かったんじゃ?」

「結婚はしてないから貯金や退職金はもらえないけど、一緒に住んでいたのだから家具は別よ。どさくさに紛れて奪える権利がある。それに前もって高い家具を買わせておいたから、それを売れば一儲けできるでしょ」

「あー、なるほどね。そのお金を得るために、アンタは長い時間を掛けて色々やってきたって訳か」

「ええ、そうね」

「でも、それだけ彼氏を手玉に取れれば、もっと簡単に、もっと大金を奪う方法があったでしょうに。なんで、そんな手間をかけたのよ」

「私って、めんどくさい女なのよ」



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